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昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり 伊藤麻美【季語=昼顔(夏)】


昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり

伊藤麻美

 ある人からのメッセージに「照れずに」と一言添えてあった。想像力を掻き立てられる言葉にニヤニヤが止まらなくなった。「照れずに」ということは「照れる」という前提があるということだ。何かすることに対して「照れる」ということ自体がどこか懐かしい感覚を覚えるのは年齢を重ねすぎてしまったからか。

 「○○禁止」という貼り紙があると「○○する人がいるのか!」と驚くことがある。ぐずる子に「△△買ってあげないよ!」と欲しがってもいないものを引き合いに出して余計に泣かせる光景を見かける。否定することによって存在感を浮かび上がらせるこの現象をなんとかポジティブに表現できないものかとずっと考えていたので、「照れずに」は素敵な発見だった。

  昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり

 日が暮れかかり、昼顔がその花を閉じた。ちょうどその向こうでは電車のパンタグラフも閉じたところだった。手元にあるものが閉じ、少し遠くにあるものが閉じるちょっとした偶然の重なりに一日の終わりを感じたのである。

昼顔は鉄路沿いのフェンスに絡まって咲く姿を見かけることがよくあり、鉄道との相性が良い。その昼顔は朝から咲き続け、夕方ごろに花を閉じる。

 パンタグラフは電車に電気を供給する装置。パンタグラフが見当たらない電車は走行用のレールのほかにもう1本通っている電気供給用レールから電気をとっている。パンタグラフは原図をなぞって拡大・縮小した図面を描くパンタグラフという菱形の製図用具に似ていることから列車装置の名前に転用された。もともとは菱形のものが普及していたが、最近ではくの字型のシングルアーム式パンタグラフが主流。しかし掲句のパンタグラフはより「面」を感じる菱形のパンタグラフであろう。鉄道をかじっている筆者にとっては少々の懐かしさもある。

 昼顔もパンタグラフも閉じる瞬間を描くことによって開いていた時間を読者に想起させている。閉じた後では何ら感じるところはないのだ。映像として開いていた姿を思わせることに加えて「昼顔」が一日の終わりを感じさせる効果を発揮している。朝顔や夕顔が閉じてもそのような感慨を抱くことはない。昼顔が動かない。

 遊園地の閉園が決まると客が殺到するように、今日という一日の終わりが見えてくるとその日感じた様々な感情が再び姿を現すことがある。そこに何らかの切なさがあったとしても、ある一句との出会いで心に平安を取り戻すことがある。17文字の俳句はそんな力を持っているのだ。

 『星野立子賞の十年』(2023年刊)より。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
>>〔53〕雷をおそれぬ者はおろかなり    良寛
>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
>>〔50〕青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ   河野南畦
>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
>>〔48〕逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花 中西夕紀
>>〔47〕春の言葉おぼえて体おもくなる  小田島渚
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>>〔45〕鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫
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>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

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>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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