赤ばかり咲いて淋しき牡丹かな稲畑汀子【季語＝牡丹（夏）】

ハイクノミカタ

赤ばかり咲いて淋しき牡丹かな　稲畑汀子【季語＝牡丹（夏）】

2023/6/23
ハイクノミカタ, 塚本武州
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赤ばかり咲いて淋しき牡丹かな

稲畑汀子

先週の土曜日、鎌倉虚子立子記念館にて第３回『稲畑汀子俳句集成』読書会が開催された。テーマは「色」ということで、色にまつわる稲畑汀子の句を鑑賞した。今回は、俳誌「玉藻」の名誉主宰である星野椿、同誌主宰の星野高士がホストを務め、４人のゲストが集った。掲句は、その読書会の視聴者に一番人気だった句である（実際には同点でもう一句あったのだが）。

赤ばかり咲いて淋しき牡丹かな　稲畑汀子（『風の庭』より。平成２７年）

　赤は情熱の色である。初々しく燃えるように、若い生命の流れを想起させる色である。しかし、汀子は、赤色の牡丹を見て淋しいと感じた。それはなぜだろうか。掲句の２年前、平成２５年、「ホトトギス」主宰を稲畑廣太郎に譲り、世代交代した。平成２７年、掲句が作られた時、汀子は８４歳であった。筆者の想像であるが、赤い牡丹を目の前に若い伊吹を感じながら、自分の年齢を意識し、その心境から淋しいという言葉が出たのではないだろうか。同年１０月８日、汀子は転倒して前歯を折り、２週間の休養をしている。やはり、体に何か異変を感じさせるものがあったのではないかと想像する。

草枯に真赤な汀子なりしかな　高浜虚子（『七百五十句』より。昭和２７年）

　虚子が７９歳の時の句である。この時汀子は２１歳、俳句を本格的に勉強しようと決心した頃である。虚子は、真赤なスーツを身に纏った汀子を観察しながら、「草枯に」を作句した。それは、表面的な事柄だけを詠んだのではなく、汀子が初々しく、燃えるような情熱を読み取った。さらに、虚子は汀子の中に若い生命の流れを見て感動したのではと、後日汀子は語っている。

　同じ赤色を見ながら、虚子は若い命に感動し、汀子は淋しいと思った。この対比が非常に興味深い。

　次回、第４回『稲畑汀子俳句集成』読書会は、９月１８日（月・祝）の予定。テーマは「月」、ホストは長谷川櫂である。Have a good weekend!

【執筆者プロフィール】
塚本武州（つかもと・ぶしゅう）
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、２０２１年４月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫（ユキ）の３人暮らし。

【塚本武州のバックナンバー】

＞＞〔24〕紫陽花のパリーに咲けば巴里の色　星野椿
＞＞〔23〕うつとりと人見る奈良の鹿子哉　正岡子規
＞＞〔22〕小燕のさヾめき誰も聞き流し　　中村汀女
＞＞〔21〕夏場所や新弟子ひとりハワイより　大島民郎
＞＞〔20〕白魚の命の透けて水動く　　　　稲畑汀子
＞＞〔19〕滝落したり落したり落したり　　清崎敏郎
＞＞〔18〕あれは伊予こちらは備後春の風　武田物外
＞＞〔17〕風光りすなはちもののみな光る　鷹羽狩行
＞＞〔16〕晴れ曇りおほよそ曇りつつじ燃ゆ　篠田悌二郎
＞＞〔15〕山又山山桜又山桜　　　　　　阿波野青畝
＞＞〔14〕春風や闘志いだきて丘に立つ　　高浜虚子
＞＞〔13〕行く雁を見てゐる肩に手を置かれ　市村不先
＞＞〔12〕梅咲きぬ温泉は爪の伸び易き　　梶井基次郎
＞＞〔11〕こぼれたる波止の鮊子掃き捨てる　桑田青虎
＞＞〔10〕とれたてのアスパラガスのやうな彼　山田弘子
＞＞〔9〕雛節句一_ト夜過ぎ早や二_タ夜過ぎ　　星野立子
＞＞〔8〕百代の過客しんがりに猫の子も　　加藤楸邨
＞＞〔7〕春光のステンドグラス天使舞ふ　　　森田峠
＞＞〔6〕謝肉祭の仮面の奥にひすいの眼　　石原八束
＞＞〔5〕バー温し年豆妻が撒きをらむ　　　　河野閑子
＞＞〔4〕初場所の力士顚倒し顚倒し　　　　　三橋敏雄
＞＞〔3〕わが知れる阿鼻叫喚や震災忌　　　　京極杞陽
＞＞〔2〕福笹につけてもらひし何やかや　　　高濱年尾
＞＞〔1〕一月や去年の日記なほ机辺　　　　　高濱虚子