ハイクノミカタ

バー温し年豆妻が撒きをらむ 河野閑子【季語=年豆(冬)】


バー温し年豆妻が撒きをらむ

河野閑子

 今日は、2月3日金曜日、節分である。昔は、四季の移り目をそれぞれ節分と言われていたそうだが、今は、立春の前日だけが節分と呼ばれる。新しい春を迎える意味から追儺が行われ、節分詣などをするそうである。

 東京に住んでいた頃、節分の日は、「鬼は外、福は内」と唱えながら家の内外に豆を撒き、年の数だけ豆を食べるのが節分だと思っていた。社会人になり関西に住み始めた頃、太い太巻きをある方角に向いて食べる、それも無言で、という節分の慣習を知った。最近、嫁の実家の新潟では、福豆は落花生だと聞いた。落花生だと、撒いた後に拾って食べても衛生上問題ないという理由らしい。調べてみると、北海道では9割以上、東北・北陸地方では7割以上、鹿児島と宮崎が大豆よりも落花生が多く使われているそうだ(Hankyu Foodおいしい読み物より)。理由は、大豆より拾いやすく、殻があるため衛生的で掃除しやすいとのことである。確かに、最近、関西でも、落花生に対抗(?)して、テトラ型の小袋入福豆が売られている。小袋を開けて中の福豆を撒くのかと思ったら、どうも小袋ごと撒くらしい。そして、小袋を拾って、中身を食べるので、掃除の手間が省けてSDGsだそうだ。恐らく、地域毎に深掘りすれば、もっといろいろな話が発掘できるであろう。

  バー温し年豆妻が撒きをらむ 河野閑子

 河野閑子(1916年8月4日~1985年1月13日)は兵庫県尼崎市生まれ、職業は鉄鋼技術者である。新興俳句運動の影響下に俳句を始め、主情性を追及した俳人である。日野草城、安住敦に師事。句集に『貝やぐら』『五月の琴』『晩歸』がある。

 掲句は、作者が酒場で温んでいる間に、今ごろ妻は年豆を撒いているだろうという昭和の香りがする句である。作者と妻の関係は不明だが、酒場にいても、妻のことを思うのであれば冷えた関係ではないだろう。別の解釈として、今日は節分だと気づき、妻は今ごろ年豆を撒いているだろうが、自分はもう少しこの暖かいバーにいるとしようという自己弁護的な句響を感じる。

 掲句は昔、母から譲り受けた『合本俳句歳時記 新版』(角川書店編・昭和49年4月30日初版発行)より引用したのだが、この歳時記は表現が自由で楽しい。例えば、「豆撒」の説明の中に、成田山新勝寺の様子を「この夜、交通機関は徹宵運転をし、成田の町は終夜不眠不休で昂奮のるつぼを化すのである」とか、「豆撒き行事はさかんで年男として政界・文化人・映画俳優・野球選手などまで駆り出され、本来の意義が失われて、ひたすら宣伝効果のみを狙う傾向が強くなっている」など。歳時記は季感を説明する辞書だと思っていたが、約半世紀前は何でもあり的な自由を感じた。Have a good weekend!

塚本武州


【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。

【塚本武州のバックナンバー】

>>〔4〕初場所の力士顚倒し顚倒し     三橋敏雄
>>〔3〕わが知れる阿鼻叫喚や震災忌    京極杞陽
>>〔2〕福笹につけてもらひし何やかや   高濱年尾
>>〔1〕一月や去年の日記なほ机辺     高濱虚子

【初代金曜日・阪西敦子のバックナンバー】

>>〔118〕【最終回】なぐさめてくるゝあたゝかなりし冬    稲畑汀子
>>〔117〕クリスマスイヴの始る厨房よ                千原草之
>>〔116〕傾けば傾くまゝに進む橇                         岡田耿陽
>>〔115〕風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖
>>〔114〕舟やれば鴨の羽音の縦横に                    川田十雨
>>〔113〕つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋
>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
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>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
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>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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