ハイクノミカタ

花の幹に押しつけて居る喧嘩かな 田村木國【季語=花(春)】


花の幹に押しつけて居る喧嘩かな

田村木國(たむら・もくこく)


なんだか落ち着かない日々。いえ、私がごく個人的に。もっと忙しかったはずのときにはあった馬力が切れてしまって、目覚めてから食事を作るまで、在宅の仕事を終えてあるいは会社から帰って食事を作るまで、食事が終わって風呂に入るまで、いちいち座り込んでしまう。

最近はそんなとき、こんなことをする。「くたくたのひとー」「おなかすいたひとー」「トーストと苺生ハムサラダが食べたいひとー」「香るコーヒー飲みたいひとー」「ポアロが食べるみたいな半熟卵割りたいひとー」「ポロ塩(サッポロ一番塩ラーメン)がいいひとー」「プシュッとしたいひとー」「豚汁「もどき」でもいいから食べたいひとー」「白米があればいいひとー」「とりあえず小鍋のひとー」「もうだめなひとー」「泣きたいひとー」「立ち上がりたくないひとー」「じゃあ代わりに作ってくれるひと―」…。

もちろん、尋ねるのは全部私だ。ついでに言えば、「はーい」と応えるのも。

花の幹に押しつけて居る喧嘩かな

「から元気」といえば、それまでだけれど、にぎやかなことにはそれだけのいいこともある。と、信じている。「心身相関」という言葉があって、喜びや悲しみは体の調子を良くしたり悪くしたりするけれど、逆に元気に振る舞うことが気分を変えることもあると。

掲句もなんだか派手派手しい。「テメ―、コノヤロー」ってな、本当に言う人がいるのかどうかわからないような、そんなわかりやすい台詞がこの句にはよく似合う。花見のときのことかもしれない、花に浮き立つ気持ち、屋外の解放感、酒、人ごみ…いきり立つ理由が整列してやってきたような、そんな頃にふさわしいある意味「立派な」喧嘩。

喧嘩――、「互いに、自分を正しいとして譲らず、激しく非難し合ったり、殴り合ったりすること」。この「互いに」といった、「合ったり」といったあたりに、喧嘩の勘所があるんだろう。

田村木國は明治二十二年、和歌山の生まれ。大阪で新聞記者をしていた。まさに「平明」な句群の一方で、ときどき掲句のような、独特の大胆さを秘めた句を残した。

花の留守障子の中の蠅の音

草餅やもつとも太き前の杉

接木ふと心もとなき夕餉かな

ふところのパン落ち諸子釣れにけり

木國の手になる春は、静かで、揺れ動きながら、どこまでも穏やかだ。

びっくりするくらい冷え込んだウィークデーの分、週末は気温があがるよう。ただでさえ、場所によっては蔓延防止措置明けの週末、陽気に押されることもほどほどに。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

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>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
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>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
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>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
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>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
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>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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