ハイクノミカタ

潮の香や野分のあとの浜畠 齋藤俳小星【季語=野分(秋)】


潮の香や野分のあとの浜畠

齋藤俳小星さいとう・はいしょうせいまさとし))


全国で緊急事態宣言、蔓延防止重点措置などが解かれる今日ですが、ハイクノミカタは2年目を踏み出します。金曜日担当「ハナキンの敦子」と当初、命名してもらった栄誉にふさわしいそんな日にこそ、冷静を失わず、本年も53回の金曜日に、週末らしい作品を紹介していきたいと思っています。

そういえば、先日、「金曜日のハイクノミカタに、ホトトギスの作家が多いのは意識してのことか」と聞かれましたが、多いのではなくひとり残らずホトトギスを通った作家であって、まあ無意識なんだけどつい、なんてことは当然なくて、ホトトギスを通った作家の作品の縛りの中で紹介しているわけなんです。2年目の年頭に、改めてお知らせしました。

それにしても、そんな中でもこの句、この人なのかという、俳小星は明治16年2月の生まれ。「農を職とす」とある。このタイミングで、俳小星の句を紹介するのは、もちろん、日本列島に台風が接近しそうだという予報によるもの。

 潮の香や野分のあとの浜畠

今回の台風は列島と並行するように太平洋を進む予報が出ている。沿岸や伊豆諸島などでの被害が警戒される進度だ。「大型で非常に強い」のはここのところ毎回のことだけれど、解放感が充満しつつある緊急事態宣言解除地域のあつまる太平洋岸に、必要な慎重さをもたらせてくれるかもしれない。みんなが台風に注意して、それぐらいで済めば何よりだ。

海に近い「浜」が潮の香になるのはもちろんだけれど、「畠」までもが潮の香に満たされる。夜のうちにどのようにその香りが連れて来られたのか、一変した風景とともに、あるいは意外に被害の出なかった安堵の瞬間に、確かに野分が過ぎたことを匂いによって改めて認識している。

そんな台風の最中と予想される頃に、海を渡る飛行機に乗る話を聞いた。すこし前の時期にはなるけれど、俳小星の「良夜」の句を旅のはなむけに。所沢で農業を営んだ俳小星らしい句ともいえるし、大西洋横断飛行の趣も。

 飛行機の曳出しある良夜かな

海を渡ることもちょっと考えてみたりするような、そんな晴れた週末になりますように。

『ホトトギス雑詠選集』(1987年)高浜虚子編
『ホトトギス同人句集』(1938年)麻田椎花編

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女


>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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