ハイクノミカタ

行秋や音たてて雨見えて雨 成瀬正俊【季語=行秋(秋)】


行秋や音たてて雨見えて雨 

成瀬正俊


台風が去ったわりにあまりすっきりしない一週間だった。一日くらい晴れた気もするけれど印象は薄い。週末も、どうもそんな感じらしい。みなさん、そんな金曜日です。

「行秋」、秋も終わりの頃ということ。俳句を作り始めて何年かすれば、「秋は行く」ことに特に疑問もなくなる。もう何年かすれば、「行~」というのは、春と秋があって、夏と冬がなく、特別編として「行年」があるんだよ、それはなぜかっていうとね…、なんて、言い出すかもしれない。

それにしても、時間でもあり空間でもある季節が、「行く」感覚というのは、どのように生まれたものなのだろうか。「行秋」を知る前、そして、知った時の感覚は、残念だけれど、犯人を知ってしまったミステリーのように(ミステリーは少し経って、真犯人を忘れることも例外的には可能だけれど)、取り戻すことができない。

句に登場する具体物は、「雨」のみ。最初、「音」として現れた雨は、次に「姿」として現れる。本来、時間差はあるはずがなく、物質のスピードに沿って厳密にいえば「姿=光」が先に到達するはず。しかしながら、ここでの順は音が先だ。この逆転はひとえに秋の雨の姿が見つけにくいため、あるいは秋の雨の音のよく響くためだ。さらに言えば、見つけにくいのは秋の光の弱まりゆえ、響くのは気温と空気の澄みかたゆえだろう。このわずかな時間差が、「行秋」の進み具合のようにも感じられてくる。

詩的なリフレインの裏には、観察に裏打ちされた事実があって、その句の感覚をありありと描き出す。犬山城主であった作者を思えば、天守から遥かに秋が行く雨を眺めている気さえしてきて、俳句というのは実に便利だ。そして、スケールの大きさは、必ずしも華々しさばかりではないことを改めて思う。

みなさんの週末を、天守で過ごせないとしても、いい雨が過ぎますように。

『院殿』(角川書店、1995年)所収。

(阪西敦子)


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

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