薫風や今メンバー紹介のとこ佐藤智子【季語＝薫風（夏）】

ハイクノミカタ

薫風や今メンバー紹介のとこ　佐藤智子【季語＝薫風（夏）】

2023/5/24
ハイクノミカタ, マンスリーゲスト
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薫風や今メンバー紹介のとこ)

佐藤智子
『ぜんぶ残して湖へ』

日常のささやかな「いま、このとき」を切り取っている句。

いま何かの「メンバー紹介」が行われているのだが、この句の焦点はその場面にはなくて、「今メンバー紹介のとこ」という、誰かから誰かに向けての、「非公式な」発語にある。発語（話し言葉）をそのまま叙述すると、それだけで句の臨場感は高まり、リアリティが喚起される。「メンバー」という詩的とは言いがたい言葉もまた、発語の一部であるがゆえに、「詩」の一部としてリアリティを確保しているが、それはともかくとして、「今メンバー」と言うときの音がたのしい。

「薫風」は初夏の風である。木々の緑の香りを運ぶ心地よい風を感じながら読むと、その場の明るさやくつろいだ雰囲気だけでなく、そこに居合わせている人びと(メンバーではない人もいるかもしれない)の風通しのよい関係性が思われる。「今メンバー紹介のとこ」というくだけた言い方ができる間柄もまた、そうかもしれない。「薫風」の季語が、中七下五のフレーズと響き合っていると言えるだろう。

しかし一方で、上五表現の古風な佇まいと、現代的でカジュアルな話し言葉である中七下五の組み合わせは、どこかぎこちない。

　　まだパジャマ紫陽花が野菜みたいで

　　古いめのニュータウンなりオクラ買う

　　搬入・搬出もう寒い秋祭りが行く

　　お祈りをしたですホットウイスキー

　　忘れない冬の眼科の造形を

佐藤智子さんの第一句集『ぜんぶ残して湖へ』（左右社 2021年）に収録されたこれらの句に共通するのは、現在を生きる一人の人間の生活と内面と言葉のリアリティ、軽快な語り口、韻律の面白さ、そして心をざわつかせるぎこちなさだ。このぎこちなさが拙さとイコールではないことは、すでに本句集の読者にはおわかりだろう。ユニークな言語センスが天性のものであるとしても、作者は意識的に、俳句であるギリギリのラインを攻め、その境界を押し広げようとしているように思える。そういう俳句が、面白くないわけがない。

加えて言えば、集中の句群から感じられるのは「公式な美」とは明らかに別のところに生息している「非公式な美」である。ゆえに集中の句群のぎこちなさは、ある意味で、俳句という表現形式と、じつは相性がよいのではないだろうか。

（古川朋子）

【執筆者プロフィール】
古川朋子（ふるかわ・ともこ）
1969年生まれ。「蒼海」会員。第６回星野立子新人賞受賞。

2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜＝日下野由季→篠崎央子（2021年7月〜）、火曜＝鈴木牛後、水曜＝月野ぽぽな、木曜＝橋本直、金曜＝阪西敦子、土曜＝太田うさぎ、日曜＝小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓