忘れゆくはやさで淡雪が乾く佐々木紺【季語＝淡雪（春）】

忘れゆくはやさで淡雪が乾く)

佐々木紺

忘れる、というのは脳の不思議な機能であると思う。忘れてしまうことの不具合もあれば、忘れられないことによる苦しみもある。それでいて跡形もなく記憶が消えてしまうばかりでもないのだから、なお悪戯めいている。

句中では春の雪が乾く（「溶ける」のではなく）ことが、忘れることに擬せられている。忘却が無に帰すこととイコールではないことを思うと、乾いてしまった雪の行方はどうなるのだろう。蒸発して大気中に溶け混じり、いずれ雨や雪として地表に還ってくる淡雪は、記憶あるいは忘れることにまつわる諸々の切なさへのなぐさめのようであり、私たちが大いなる循環の一部にいることを感じさせてくれるようでもある。

忘却と淡雪をつなぐ装置である「はやさ」も、読みの性急さを誘うのではなく、抽象から具象へのイメージの移行をなめらかにしてくれている。

掲句は第13回北斗賞受賞作の150句連作「おぼえて、わすれる」所収の一句。表題句のひとつと考えて良いのだろうか。

紺さんとは、子連れ句会のLINE袋回しでご一緒したのが初めてだったと思うが、気に入った句にリアクションを付けていったら紺さんの句ばかりを選んでいたことに気付いて、ご本人に気持ち悪がられないか心配になったのを覚えている。

今回の受賞により、おそらく受賞作150句を含んだ句集が発行されることとなるだろう。ムーミン谷の夜に遠くでカンテラが揺らめくような、漆黒の海をマリンスノーがしずかに沈潜していくような、そんな詩情が句集というかたちをとることが、今から待ち遠しくてしかたない。

北斗賞と言えば、第11回北斗賞受賞者である西川火尖第一句集『サーチライト』の刊行記念イベントを開催させていただいたのが、東京都府中市は分倍河原にあるマルジナリア書店である。

決して広いお店ではないのだが、明るい店内には時間をかけて繰り返し回遊したくなる書物ばかりが揃っている。さらに店内奥の窓際にはカウンターがしつらえてあり、晴れた日の窓からは目の前の分倍河原駅を行きかう電車の彼方に、富士山を望むことができる。

自宅が近いこともあるのだけれど、私には避難所のような場所。今の時期だと、ホットドリンクスを啜りながら白富士を眺め、本にスマホに気の向くまま目を滑らせる。八王子の名店『ダ・ルチアーノ』のジェラートや、多摩の知る人ぞ知る『ハグジードーナツ』のドーナツ各種もあり、夏場はエメラルド＆アメジストのクリームソーダも…！（今年の夏もやってくれるかな？）

もちろん飲食だけではない。素敵な書店からはしばしば、たっぷりの水に身を委ねたときのほどけるような感覚を得られるのだが、マルジナリア書店でのそれは凪いだ海原をたゆたうかのようである。知らない世界を探る楽しさと、穏やかな安心感がともに味わえる書店体験は、店主・小林さんによる本のセレクトゆえか。

魂の澱をすこし落とし、また慌ただしさに向き合う力を与えてくれるお店、といったら大袈裟かもしれないけれど、お近くにお寄りの際は皆さんもあたたかい飲み物でほっとひと息ついてみてはいかがでしょう。もちろんツイッター（@marginaliaBS）などで営業時間をご確認の上で…。