ハイクノミカタ

鱶のあらい皿を洗えば皿は海 谷さやん【季語=鱶(冬)】


鱶のあらい皿を洗えば皿は海)

谷さやん
『谷さやん句集』2022年12月

(ふか)のあらいは愛媛県(南予地方)の冠婚葬祭に欠かせない料理らしい。(ふか)の湯ざらし、(ふか)の湯引きとも呼ばれるらしいが、厳密に言うと違うものなのだろうか。それぞれ作り方を調べてみたが、新鮮な鱶をさっと湯通しして冷水できゅっとしめ、酢味噌などでいただくという点では同じもののようであった。間違っていたらご指摘ください。残念ながらまだ食べたことはない。

鱶のあらいを食べ終えて皿を洗っているということは、冠婚葬祭が無事済んだということだろう。喪の家のような気がしてしまうのは、坪内稔典氏(ねんてんさん)の「鱶湯がく男が決まる死者の家」、「湯ざらしの鱶食べる音死者の家」(どちらも『坪内稔典句集  落花落日』より)を思い出すからだろうか。

「皿を洗えば皿は海」。日々皿を洗っているので良く分かる。皿を濯ぐ水の音、その水流に自分の手が加わり、皿の上を滑る感覚。いつの間にか私は漂流している、あの鱶が泳いでいた海で、あの鱶と一緒に。

冬の生き物の句をいくつか。

寒鴉空ごと降りてくるような

とんび今私の呼吸冬の海

文鳥と十年住んで雪の朝

木を嗅いでいるわたくしと綿虫と

冬蜂もデモ行進も退路あり

冬の虻滅ぶシェーカーを振る窓辺

セーターのブローチの馬歩き出す

さやんさんの目線が温かく、詠んでもらえる生き物は幸せである。

(近江文代)


『谷さやん句集』は朔出版より発売したばかり↓】


【執筆者プロフィール】
近江文代(おうみ・ふみよ)
1967年埼玉県生まれ。「野火」「猫街」同人。元「船団」会員。現代俳句協会会員。
趣味は筋トレ、スキー、山歩き、宝塚観劇(時々ムラに遠征)。最近マラソンにはまりつつある。2023年には第一句集を出す予定(未定)。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年11月の火曜日☆赤松佑紀のバックナンバー】

>>〔1〕氷上と氷中同じ木のたましひ 板倉ケンタ
>>〔2〕凍港や旧露の街はありとのみ 山口誓子
>>〔3〕境内のぬかるみ神の発ちしあと 八染藍子
>>〔4〕舌荒れてをり猟銃に油差す 小澤實
>>〔5〕義士の日や途方に暮れて人の中 日原傳
>>〔6〕枯野ゆく最も遠き灯に魅かれ 鷹羽狩行

【2022年11月の水曜日☆近江文代のバックナンバー】

>>〔1〕泣きながら白鳥打てば雪がふる 松下カロ
>>〔2〕牡蠣フライ女の腹にて爆発する 大畑等
>>〔3〕誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生
>>〔4〕雪が降る千人針をご存じか 堀之内千代
>>〔5〕トローチのすつと消えすつと冬の滝 中嶋憲武

【2022年10月の火曜日☆太田うさぎ(復活!)のバックナンバー】

>>〔92〕老僧の忘れかけたる茸の城 小林衹郊
>>〔93〕輝きてビラ秋空にまだ高し  西澤春雪
>>〔94〕懐石の芋の葉にのり衣被    平林春子
>>〔95〕ひよんの実や昨日と違ふ風を見て   高橋安芸

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔5〕運動会静かな廊下歩きをり  岡田由季
>>〔6〕後の月瑞穂の国の夜なりけり 村上鬼城
>>〔7〕秋冷やチーズに皮膚のやうなもの 小野あらた
>>〔8〕逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子

【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】

>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして    原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
>>〔3〕サフランもつて迅い太子についてゆく 飯島晴子
>>〔4〕琴墜ちてくる秋天をくらりくらり  金原まさ子

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹   津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ    榮猿丸
>>〔3〕秋思かがやくストローを嚙みながら 小川楓子
>>〔4〕いちじくを食べた子供の匂ひとか  鴇田智哉

【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】

>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥    橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ  京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上     鈴木花蓑

【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】

>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな  飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸     飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり    飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い   飯島晴子

【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】

>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず  加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓   加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる  加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ  加倉井秋を

【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】

>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月  杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな   坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ   安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希

【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】

>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる    小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄      吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ     三枝桂子

【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】

>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲   安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲  宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく     加藤喜代子

【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海    野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 思ひ沈む父や端居のいつまでも    石島雉子郎【季語=端居(夏)…
  2. 肩につく影こそばゆし浜日傘 仙田洋子【季語=浜日傘(夏)】
  3. 幾千代も散るは美し明日は三越 攝津幸彦
  4. 皹といふいたさうな言葉かな 富安風生【季語=皹(冬)】
  5. 父がまづ走つてみたり風車 矢島渚男【季語=風車(春)】
  6. 家濡れて重たくなりぬ花辛夷 森賀まり【季語=花辛夷(春)】 
  7. わが影を泉へおとし掬ひけり 木本隆行【季語=泉(夏)】
  8. 集いて別れのヨオーッと一本締め 雪か 池田澄子【季語=雪(冬)】…

おすすめ記事

  1. スタールビー海溝を曳く琴騒の 八木三日女
  2. 小満の風や格言カレンダー 菅原雅人【季語=小満(夏)】
  3. 【冬の季語】湯たんぽ(湯婆)
  4. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第14回】
  5. 【冬の季語】暮早し
  6. 【秋の季語】草の花
  7. 本捨つる吾に秋天ありにけり 渡部州麻子【季語=秋天(秋)】
  8. ふくしまに生れ今年の菊膾 深見けん二【季語=菊膾(秋)】
  9. 馬小屋に馬の表札神無月 宮本郁江【季語=神無月(冬)】
  10. 【春の季語】春の塵

Pickup記事

  1. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2021年12月分】
  2. 【イベントのご案内】第4回 本の作り手と読む読書会 ~漢詩の〈型〉を旅する夜~
  3. 【書評】鷲巣正徳 句集『ダヴィンチの翼』(私家版、2019年)
  4. 【連載】新しい短歌をさがして【13】服部崇
  5. 火達磨となれる秋刀魚を裏返す 柴原保佳【季語=秋刀魚(秋)】
  6. 【秋の季語】秋の空
  7. 時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎【季語=春の夜(春)】
  8. 【投稿募集】アゴラ・ポクリット
  9. 「パリ子育て俳句さんぽ」【12月18日配信分】
  10. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【3】/武田花果(「銀漢」「春耕」同人)
PAGE TOP