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柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規【季語=柿(秋)】

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柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺)

正岡子規


もう数年前の事、筆者の姪の婚礼の折に久しぶりに京都を訪れ、式までの僅かな合間に平安期の名刹、東寺へと足を運んだ。ふわりと高みへ浮いた塔と入母屋の大屋根を伏せた金堂の屹立の醸す非対称の均衡、屋根や裳階の軒の深きに密に施された垂木の陰翳の韻律などをひとしきり愉しみ、金堂に入る。すると天井の、体積の大きな奥深い闇に守宮か蜥蜴か、或いは蛇の類のような影が、通常なら堂の梁の通る辺りを横切る。その小さな影が動くたび闇全体が大きく揺れる律動は妖しくも美しい。それは実体のある生き物の筈だが、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」の一節が過り、日本建築・家屋の闇に潜んでいて不思議ないという魑魅や魔物の類かも、とも思う。私たちはほんの数代前まで日常をそのような闇に包まれて暮らしてきた筈なのに、ぞくりと「痺れ」に似た戦慄が背筋を走ったのをいまだ記憶している。

多く宗教がそうするように生死を分断して死後を語られると、結婚や葬儀とか以外は仏壇すら拝まない罰当たりの自分にはしっくりこないのだが、学生の頃建築における記号論の事を調べていてユングの著書を紐解いていると、「共同体的無意識」という言葉に突き当たり、妙に心に刺さったのを覚えている。私たちのちっぽけな意識や五感は時空を超えた共同体的無意識に包含されている、というスイスの精神医学者の推論にあてはめると、経験してない事を夢にみたり社寺や教会などの宗教的建築に限らず遥かな時を超えてきた事物事象に出会うときの厳かな気持ちに説明がつくような気がしたからだ。例えばローマ郊外ティボリのハドリアヌス帝の廃墟に佇んだときの言い知れぬ感覚などはもはや五感を超えていて、遺伝子に組み込まれた共同体的記憶が、滅びた帝国の王の別荘の、遺構や空間に存する何かと響き合っているーそう考えるとなんだか納得がいくのだった。そういえばあの時も、東寺の金堂の時同様の「痺れ」の感覚があったかもしれない。

子規は漱石の棲む松山に逗留ののち、広島から京都、奈良へと続く旅の途中、明治二十六年十月二十六日に冒頭の句を詠んだという。句の前書きには「法隆寺近くの茶屋にて」とある。子規は作句の前日、東大寺近くの宿で女中さんに好物の柿を剥いてもらいそれを食しながら「初夜の鐘」と呼称される午後八時頃の鐘の音を聞いてすこぶる面白く感じたことを随筆「くだもの」に記してもいて、この時点で句の上五中七まではほぼ定まっていたとも見えるが、推敲はそう容易にまとまらなかった。そこで翌日法隆寺を訪れ、前日の、ー柿を食するのと鐘の音の重なりーの「追体験」を試みたものと思われる。

法隆寺は奈良・明日香の地に朝廷が置かれた西暦六~七世紀に、いくつかの管制の寺の修作を経て、計画から年月をかけて完成に至った。この事業に大きな関わりを持ったと推量される聖徳太子は、蘇我氏が物部氏ら他の対立勢力の豪族を退け、合議制だった宮廷の政を独裁し皇家の殺傷与奪まで操るさまをつぶさに見せられながらもこれを補佐したが、王室の権限強化に自身の本意がある事を馬子に見抜かれ、斑鳩の地に宮を造営し自ら明日香を離れ、夢殿に籠って政務をとり逝去までを過ごした。しかしその子山背大兄皇子は馬子の孫入鹿によって斑鳩宮に一族もろとも滅ばされ、太子の血脈はここに途絶えた。その跡地に、今の法隆寺東院がある。

かような凄まじい歴史を背負い、法隆寺における悠久の闇はさらに濃く深く、より血生臭いものへと育まれてゆく。

「わたくし一己の経験としては、あの中門の内側へ歩み入って、金堂と塔と歩廊とを一目に眺めた瞬間に、サアッというような、非常に透明な一種の音響のようなものを感じます。」とは和辻哲郎が著書「古寺巡礼」の中で法隆寺の印象について、友人に宛てた手紙の内容を明かした一節であるが、二度目に訪れた際には「痺れ」に似た感覚を体験し、さらに「魂の森」の中にいるような静けさを感じた、とも記している。

ぎゅうぎゅうに押し込められた太子一族の魂を包含し重く垂れこめた金堂の闇は仏像の金色を鈍く輝かす燭灯を押しのけ、外に出でては深い庇の垂木の間や、歩廊の得も言われぬエンタシスの柱の間隙をも支配する。

こうした気配のめぐる古刹を傍らに、子規の「追体験」はどのようであったか。茶屋で好物の柿を前にすると子規は児戯のごとくはしゃいで、もう句のことなど忘れかけたかもしれなかったが、柿を頬張りつつ鐘の音を聞き、ようやくこの寺のただならぬ厳かな妖気を全身に感じ取った。かくして冒頭の通り句の下五には「法隆寺」の語が置かれた。それは上五の「柿」の季語と対比させるには言葉の質量があまりに大きく、五七五の重心を不格好なまでに底面に近づける選択であった。しかし馴れ合いの程よい均衡に満足しない作者は、この寺の闇の持つ「滅び」の気配に惹かれ魂の森に入りこむ体験を経て得た下五を愛し、むしろこの不均衡にこそ文学の妙があると断じるに至ったのではないか。

やがて時が過ぎ、掲句は俳句に親しまぬ小学生も暗誦するほどとなり、不均衡は揺るがぬ均衡を獲得するに至った。

とある昼下がり、この稿を書く筆者の前には家人が剥いてくれた柿が小さな皿に載せられている。近頃の柿は随分と甘い。庇のない陸屋根のマンションの、四角い硝子窓からのあきれるほど明るい陽光に照らされつつ、ひとつ、また一つといやしく頬張る。子規の頃の柿はどんな味であったろうかー今となっては確かめる術もないのである。

(小滝肇)


【執筆者プロフィール】
小滝肇(こたき・はじめ)
昭和三十年広島市生まれ
平成十六年俳誌「春耕」入会
春耕同人、銀漢創刊同人を経て
現在無所属
平成三十年 第一句集『凡そ君と』



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