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稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男【季語=稲光(秋)】


稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ)

富澤赤黄男


稲光という閃光のなかで砕かれ犇めき合うものは原始的な生命の有り様を思わせる。赤黄男の句は、何らかのイメージを受け取るが明確ではなく、果てしなく広がる思考の地平に立たされる。

蝶墜ちて大音響の結氷期〉が収められた「天の狼」は、赤黄男39歳のとき、昭和16年に刊行された。逆年順で構成され、自身の詩性への自負とただならぬ熱情を感じさせる。ちなみに、跋にある「紀元二千六百一年六月」とは、前年の昭和15年に、神武天皇即位紀元(皇紀)2600年を祝った「紀元二千六百年記念行事」からきていると思われ、昭和16年12月太平洋戦争が勃発したという時代背景を感じさせる。

掲句は、遺句集となった「黙示」(昭和36年刊行)からの一句である。「天の狼」は、虚子の花鳥諷詠とはその精神性からも根本的に離れ、「心ある人々を驚かせた(高屋窓秋)」という。当時の俳壇は、水原秋櫻子が火付けすることとなった新興俳句運動、そのアンチでもある人間探求派の台頭などで渾沌の最中にあった。

「造型俳句六章」(初出昭和36年・金子兜太)の第4章において、金子は、新興俳句運動の作品的成果をあげた俳人として、西東三鬼、高屋窓秋と並べて赤黄男を称揚し、蝶堕ちての句について、2頁にわたり評している。「永遠の現在―というような絶対性が、根本の認知という、本質的な意味での批評活動によって得られたもの」と赤黄男の精神の底での創造活動を重要なものとして捉えている。

「天の狼」において、赤黄男はある程度自身のスタイルの確立およびその地位を獲得していたかに思われる。ところが、その次の句集「蛇の笛」(昭和27年刊行)から、赤黄男は〈くらやみへ くらやみへ 卵ころがりぬ〉のように一字空けなどを多用し、「天の狼」時代の自身の〈俳句〉を自ら壊していく。「黙示」においては、わずか九十句の句集となったが、全句に一字空けがなされている。しかし、「一字空け」という形式の目新しさを単純に求めたわけでないだろう。精神表現の深部へとむかったことからくる表現上の自然な欲求であり、自分の俳句を壊してでもさらなる表現世界の表出を求めた結果であろう。 掲句に戻れば、砕かれて犇めき合うのは赤黄男自身であり、赤黄男の作品のようにも思われてくる。「黙示」刊行の翌年に死没。ただ一人、荒野で創造と闘い続けた赤黄男の後ろ姿を讃えたい。

小田島渚


【執筆者プロフィール】
小田島渚(おだしま・なぎさ)
銀漢」同人・「小熊座」同人。第44回宮城県俳句賞、第39回兜太現代俳句新人賞。現代俳句協会会員、宮城県俳句協会常任幹事。仙臺俳句会(超結社句会)運営。



小田島渚のバックナンバー】
>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石


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