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日記買ふよく働いて肥満して 西川火尖【季語=日記買ふ(冬)】


日記買ふよく働いて肥満して

西川火尖

日本に住んでいて良かったなあ(海外に住んだことはないが)と思うのは何かの順番を待つ時に行列ができること。弱気な人間にも平等にチャンスは訪れる。一方列に並ぶ習慣がついているから割り込みには厳しい目を向けられやすい。自分も通勤時に割り込まれるとイラッとしてしまうが、心の中で大きめの声で「どうぞ割り込んでください!」と言うとなぜか気持ちがおさまる。

結婚の報告では、どういう順番で言うかを慎重に考えた。最初に言っておかなくてはならない人、いずれ言わなくてはならない人に徐々に話し、チームのリーダー格の人に言った後チーム員みんなに言って解禁。「この人に言ったらあっという間に広まるな」という人にしゃべったら案の定で、直接自分で伝えられなかった人もいた。こういうことになるからあなたには最後の方に話したのよ!挨拶の順番を間違えて首相になりそこね、次の機会にそれを守ったら見事首相になった政治家もいる日本。とにかく順番が大事なのだ。

日記買ふよく働いて肥満して

今年も日記を買った。といっても実際に買ったのは手帳。主に仕事に使うものである。これからの1年を思う時、これまでのことにも思いが至る。よく働いたなぁ。そしてよく食べ、よく体重を増やしたものだ。健康診断でしっかりと注意も受けた。そうした日々の続きに来年はあるが、日記は毎年新しいものに変わっていく。

働くことと肥満との関連は、飲み会続きとも考えられるが加齢も一因であろう。ダイエットの広告と飲食店の広告を同時に見るのは通勤ではおなじみの風景。大枚をはたいて美味しい物を食べ、さらなる出費を重ねてダイエットに注ぎ込む。そんなことに気付いてしまうと人は働いて何をしているのだろうとふと思うこともある。

さて掲句、仮に語順を変えてみる。

肥満してよく働いて日記買ふ

…肥満の人が日記を買うために頑張って働いているようである。それともその日記に食べたものと体重を書き込んでレコーディングダイエットを始めるのか?

日記買ふ肥満してよく働いて

…肥満してしまったからよく働いているのか?あるいは肥満することと職業に関連性があるのか?日記に記される内容に芳しい想像がふくらまない。

よく働いて肥満して日記買ふ

 …「日記買ふ」が肥満すると同等、あるいは日記を買うのがご褒美?共感が難しい。

肥満という俳句には難しい単語を語順の工夫によってしっかりと詩に仕上がっている。

『サーチライト』(2021年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔78〕しかと押し朱肉あかあか冬日和 中村ひろ子(かりん)
>>〔77〕命より一日大事冬日和 正木ゆう子
>>〔76〕冬の水突つつく指を映しけり 千葉皓史
>>〔75〕花八つ手鍵かけしより夜の家 友岡子郷
>>〔74〕蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日 涼野海音
>>〔73〕貝殻の内側光る秋思かな 山西雅子
>>〔72〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子
>>〔71〕天高し鞄に辞書のかたくある 越智友亮
>>〔70〕また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二
>>〔69〕「十六夜ネ」といった女と別れけり 永六輔
>>〔68〕手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦 益岡茱萸
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>>〔66〕秋鯖や上司罵るために酔ふ 草間時彦
>>〔65〕さわやかにおのが濁りをぬけし鯉 皆吉爽雨
>>〔64〕いちじくはジャムにあなたは元カレに 塩見恵介
>>〔63〕はるかよりはるかへ蜩のひびく 夏井いつき
>>〔62〕寝室にねむりの匂ひ稲の花  鈴木光影
>>〔61〕おほぞらを剝ぎ落したる夕立かな 櫛部天思
>>〔60〕水面に閉ぢ込められてゐる金魚 茅根知子
>>〔59〕腕まくりして女房のかき氷 柳家小三治
>>〔58〕観音か聖母か岬の南風に立ち 橋本榮治
>>〔57〕ふところに四万六千日の風  深見けん二
>>〔56〕祭笛吹くとき男佳かりける   橋本多佳子
>>〔55〕昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり 伊藤麻美
>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
>>〔53〕雷をおそれぬ者はおろかなり    良寛
>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
>>〔50〕青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ   河野南畦
>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
>>〔48〕逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花 中西夕紀
>>〔47〕春の言葉おぼえて体おもくなる  小田島渚
>>〔46〕つばめつばめ泥が好きなる燕かな 細見綾子
>>〔45〕鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫
>>〔44〕まだ固き教科書めくる桜かな  黒澤麻生子
>>〔43〕後輩のデートに出会ふ四月馬鹿  杉原祐之
>>〔42〕春の夜のエプロンをとるしぐさ哉 小沢昭一
>>〔41〕赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
>>〔40〕結婚は夢の続きやひな祭り    夏目雅子
>>〔39〕ライターを囲ふ手のひら水温む  斉藤志歩
>>〔38〕薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋
>>〔37〕男衆の聲弾み雪囲ひ解く    入船亭扇辰
>>〔36〕春立つと拭ふ地球儀みづいろに  山口青邨
>>〔35〕あまり寒く笑へば妻もわらふなり 石川桂郎
>>〔34〕冬ざれや父の時計を巻き戻し   井越芳子
>>〔33〕皹といふいたさうな言葉かな   富安風生
>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
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>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
>>〔23〕菊人形たましひのなき匂かな   渡辺水巴
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>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
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>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
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>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
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>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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