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いちじくはジャムにあなたは元カレに 塩見恵介【季語=いちじく(秋)】


いちじくはジャムにあなたは元カレに

塩見恵介

 ドラマ『こっち向いてよ向井くん』(日本テレビ系列)第6話のネタバレから今週の記事は始まります。もう第7話まで放送は終わっていますが念のため。

「俺たちつきあってるよね?」「違うと思う」というやりとりから「俺って美和子の何?」と問われた美和子が「元カ…レ」と答えて次週に続いた。このドラマは結婚すれば幸せになると思い込んでいる男性陣と結婚という制度に疑問を持つ女性陣とのやりとりが楽しい。作中の女性陣のきりっとしたコメントに毎週大きくうなずいている。

 元カレ、元カノという言葉は歴史が浅い。広辞苑には第七版にも収録されておらず、現状確認できるのは明鏡国語辞典のみである。彼、彼女に「元」をつけただけのものだが、アクセントが平板化されて別ものになった。それにはカタカナ表記が似つかわしい。

いちじくはジャムにあなたは元カレに

 同じ単語でも仮名遣いによって重量に差が出る。それは楽しいことだ。掲句はこれ以上ないくらい軽くなっている。唯一の漢字「元」をひらがなにしてしまうと意味が通じにくくなる。〈いちじくはジャムにあなたはもとカレに〉ではひらがななのにもたっとした印象になる。さらにカタカナを増やし〈いちじくはジャムにあなたはモトカレに〉では全く別物だ。最も重いパターンとして〈無花果はジャムに貴方は元彼に〉でも成立するがやはり「元彼」が重い。元カレがTシャツなら元彼は冬物のスーツほどの差がある。

 季語は「いちじく」で秋。生でも充分美味しくいただけるがジャムにしたり乾燥させたりするのもまた良し。生で食べずにジャムにする。その選択には何通りかの理由がありうるが、この場合はジャムが好きとかたくさんもらいすぎたといった理由ではなく「生で食べられるけどジャムにしてしまえ」という意図が感じられる。その解釈は「あなたは元カレに」がヒントとなっている。まだ付き合うことも出来るけどあなたのことはもう「元カレ」にするのよ、という選択。ジャムを作るように元カレを作り出してしまうその感覚は、言い渡される身にとっては一種のホラーともいえる。

 店頭に並ぶいちじくはなべて高額だ。丁寧に育てられたものなのだろう。しかし筆者には、幼いころそのあたりになっているものを大人がとってくれてその場で食べた記憶が生き生きと甦る。同じジャムにする果実でも苺や林檎にはそういう経験があまりない。その身近さ、軽さは元カレが彼だったころの存在感との差異を示している。

 最後にもうひとつ。「あなた」に引っ張られて作中主体を女性としてきたが、実際の作者は男性である。いちじくのジャムを作りながら「あなたは元カレ」と言われたと想定すると…。残暑の折、少しは涼んでいただけただろうか。

『隣の駅が見える駅』(2021年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔63〕はるかよりはるかへ蜩のひびく 夏井いつき
>>〔62〕寝室にねむりの匂ひ稲の花  鈴木光影
>>〔61〕おほぞらを剝ぎ落したる夕立かな 櫛部天思
>>〔60〕水面に閉ぢ込められてゐる金魚 茅根知子
>>〔59〕腕まくりして女房のかき氷 柳家小三治
>>〔58〕観音か聖母か岬の南風に立ち 橋本榮治
>>〔57〕ふところに四万六千日の風  深見けん二
>>〔56〕祭笛吹くとき男佳かりける   橋本多佳子
>>〔55〕昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり 伊藤麻美
>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
>>〔53〕雷をおそれぬ者はおろかなり    良寛
>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
>>〔50〕青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ   河野南畦
>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
>>〔48〕逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花 中西夕紀
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>>〔37〕男衆の聲弾み雪囲ひ解く    入船亭扇辰
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>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
>>〔20〕遅れ着く小さな駅や天の川    髙田正子
>>〔19〕秋淋し人の声音のサキソホン    杉本零
>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
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>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
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>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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