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腕まくりして女房のかき氷 柳家小三治【季語=かき氷(夏)】


腕まくりして女房のかき氷

柳家小三治

 フランス語を勉強し始めた時に驚いたのは男女関係を表現する表現が多いことだった。恋人を表す単語が多いのは想像がつくが結婚の種類もmariage+形容詞等の形で辞書に載っているだけで民法上の結婚、宗教上の結婚、恋愛結婚、財産目当ての結婚、理性的な結婚、性関係のない結婚、国際結婚、同性婚が例に挙がっている。言葉の豊かさはその概念が生活とどれほど密着しているかに比例する。結婚の形が一つではないということだ。

 日本語では稲作にまつわる語彙が豊かである。英語のriceだけでも稲、米、ごはんとそれぞれの派生語(新米など)がある。母は炊くのに失敗して芯のあるご飯を「がんだ」と言っていたがこれは千葉の方言のようだ。

 日本語にも女性の配偶者をさす単語が複数あるが、こちらは時代の流れで生み出されてきたものである。「嫁」は本来息子の配偶者のこと。言われて嬉しいのは花嫁と呼ばれた時だけだ。男性が自分の妻を「嫁」と呼ぶのは個人的には理解しがたい。女性が「うちの婿」と語るのは聞いたことがない。実際婿養子に入る人が少ないからというのもあるだろう。必殺シリーズで「婿殿」と中村主水が姑に呼ばれるのは婿養子という背景があるからだ。「殿」は敬語のようだが目上には使わないので「婿殿」は皮肉にしかならない。「家内」は時代にそぐわない表現になった。「妻」は最も古くから存在する言葉で、どことなく色気がある。「奥さん(奥様)」は他人の妻をさす。「カミさん」と言う人に出会うと「刑事コロンボ」が好きなのだろうなと思う。そんな中、「女房」は古くささもありつつ悪いものではないように思われる。「恋女房」という言葉はあっても「恋嫁」は成立しない。もともとは使用人の女性が住んでいる部屋を指す言葉なのだが、その語源のわりに柔らかく感じるのは「N」の響きゆえか。

  腕まくりして女房のかき氷

 土茶は俳号。ある年の6月5日(落語の日)、鈴本演芸場を訪れた時にもらった団扇に書いてあった一句である。十代目柳家小三治は東京やなぎ句会で小沢昭一や三代目桂米朝らと句座を囲んでいた。

 恋女房に食べてもらうためかき氷機をぐるぐる回している。腕まくりでその張り切り度を表現するというシンプルな構図である。妻への愛情が「腕まくり」「女房」という言葉選びに表れている。かき氷機という単語を使わずにかき氷を削っている情景を思わせる手腕は技術が高いというよりは粋と言いたい。

 「マクラの小三治」にあやかって今週は特にマクラを頭クラクラするほどたっぷり盛り込んでおります。おあとがよろしいようで…は寄席ではあまり聞かないですね。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔58〕観音か聖母か岬の南風に立ち 橋本榮治
>>〔57〕ふところに四万六千日の風  深見けん二
>>〔56〕祭笛吹くとき男佳かりける   橋本多佳子
>>〔55〕昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり 伊藤麻美
>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
>>〔53〕雷をおそれぬ者はおろかなり    良寛
>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
>>〔50〕青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ   河野南畦
>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
>>〔48〕逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花 中西夕紀
>>〔47〕春の言葉おぼえて体おもくなる  小田島渚
>>〔46〕つばめつばめ泥が好きなる燕かな 細見綾子
>>〔45〕鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫
>>〔44〕まだ固き教科書めくる桜かな  黒澤麻生子
>>〔43〕後輩のデートに出会ふ四月馬鹿  杉原祐之
>>〔42〕春の夜のエプロンをとるしぐさ哉 小沢昭一
>>〔41〕赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
>>〔40〕結婚は夢の続きやひな祭り    夏目雅子
>>〔39〕ライターを囲ふ手のひら水温む  斉藤志歩
>>〔38〕薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋
>>〔37〕男衆の聲弾み雪囲ひ解く    入船亭扇辰
>>〔36〕春立つと拭ふ地球儀みづいろに  山口青邨
>>〔35〕あまり寒く笑へば妻もわらふなり 石川桂郎
>>〔34〕冬ざれや父の時計を巻き戻し   井越芳子
>>〔33〕皹といふいたさうな言葉かな   富安風生
>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
>>〔31〕初島へ大つごもりの水脈を引く   星野椿
>>〔30〕禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ
>>〔29〕時雨るるや新幹線の長きかほ  津川絵理子
>>〔28〕冬ざれや石それぞれの面構へ   若井新一
>>〔27〕影ひとつくださいといふ雪女  恩田侑布子
>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
>>〔23〕菊人形たましひのなき匂かな   渡辺水巴
>>〔22〕つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠
>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
>>〔20〕遅れ着く小さな駅や天の川    髙田正子
>>〔19〕秋淋し人の声音のサキソホン    杉本零
>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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