ハイクノミカタ

結婚は夢の続きやひな祭り 夏目雅子【季語=雛祭(春)】


結婚は夢の続きやひな祭り)

夏目雅子

桑田佳祐のベストアルバム『いつも何処かで』発売日の2022年11月23日、新聞広告に伊集院静による特別寄稿が載った。アルバムに収録された新曲『なぎさホテル』に寄せた「桑田佳祐さんへ」と題した文である。なぎさホテルは1926年に湘南唯一の洋式ホテルとしてオープン、多くの文化人に愛されたが昭和の終りを待たずに閉館となった。伊集院はそのなぎさホテルで暮らした7年余りの日々を著書『なぎさホテル』(2011年刊)に自伝的随想として綴っている。桑田はその存在を認識していたが読破したのは楽曲の完成後。にも関わらず響き合う要素が多く感銘を受け、伊集院に手紙をしたためた。そうした経緯があっての寄稿であった。

“当時、私は小説家を目指す不良青年で、女の子は女優を目指して懸命に生きていました。”

女の子とは後に妻となる夏目雅子のこと。なぎさホテルの若い2人はいずれも夢を叶えたのである。

場所にまつわる記憶は人間にとって最も優先度が高く刻まれる。どこが危険か、どこに行けば獲物がとれるか。原始時代、生きていく上で場所の重要度は高かった。「教科書のあの辺に書いてあったのに何と書いてあったか思い出せない」現象(名前ありますか?)は人類共通の重要度認識を証明している。

   結婚は夢の続きやひな祭り   海童

海童は夏目雅子の俳号。享年27の夭逝であった。この句は読み手の人生の局面によって、また作者を知っているかどうかによって見える世界が変わってくる。①自分が幸せで人の幸せも喜ぶ ②自分は幸せだが現実はそうでないと人の幸せを憐れむ ③自分が不幸で人の幸せを素直に喜べない ④自分は不幸だけど人の幸せに心温まる など。

「夢の続き」とは夢のような幸せのことなのか、皮肉なのか。「ひな祭り」なのだからここは素直に幸せを綴っていると鑑賞したい。ひな祭りと結婚はつきすぎと一蹴する人もいそうだが、それを言うあなたにはこれほど素直に目の前のことを寿げますか?と問いたい。日常の輝きが彼女の薄命まで彩っているのである。

「なぎさホテル」の歌詞は「夢見る頃に僕はひとり」と締めくくられる。ここでの「夢」は「回想」の言い換えに思われる。結婚を夢の続きと詠んだ海童。回想を夢と言い換えた桑田。二つの夢の狭間で伊集院は「もう2度と逢えないと思っていた人に再会させてくれて(中略)感謝しています」と夢の時間を取り戻している。

夢は現在のものか、過去のものか。海童には未来へつながるのが夢だったに違いない。

『優日雅 夏目雅子 ふたたび』より。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


『優日雅~夏目雅子ふたたび』(実業之日本社、2004年)はこちら ↓】

伊集院静『なぎさホテル』(小学館、2011年)はこちら↓】

【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔39〕ライターを囲ふ手のひら水温む  斉藤志歩
>>〔38〕薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋
>>〔37〕男衆の聲弾み雪囲ひ解く    入船亭扇辰
>>〔36〕春立つと拭ふ地球儀みづいろに  山口青邨
>>〔35〕あまり寒く笑へば妻もわらふなり 石川桂郎
>>〔34〕冬ざれや父の時計を巻き戻し   井越芳子
>>〔33〕皹といふいたさうな言葉かな   富安風生
>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
>>〔31〕初島へ大つごもりの水脈を引く   星野椿
>>〔30〕禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ
>>〔29〕時雨るるや新幹線の長きかほ  津川絵理子
>>〔28〕冬ざれや石それぞれの面構へ   若井新一
>>〔27〕影ひとつくださいといふ雪女  恩田侑布子
>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
>>〔23〕菊人形たましひのなき匂かな   渡辺水巴
>>〔22〕つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠
>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
>>〔20〕遅れ着く小さな駅や天の川    髙田正子
>>〔19〕秋淋し人の声音のサキソホン    杉本零
>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 忽然と昭和をはりぬ夕霧忌 森竹須美子【季語=夕霧忌(冬)】
  2. 口笛を吹いて晩夏の雲を呼ぶ 乾佐伎【季語=晩夏(夏)】
  3. 日蝕の鴉落ちこむ新樹かな 石田雨圃子【季語=新樹(夏)】
  4. 完璧なメドベージェワが洟を擤む 秋尾敏【季語=水洟(冬)】
  5. あり余る有給休暇鳥の恋 広渡敬雄【季語=鳥の恋(春)】
  6. スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学 永田和…
  7. 馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
  8. 蛇を知らぬ天才とゐて風の中 鈴木六林男【季語=蛇(夏)】

おすすめ記事

  1. 鴨翔つてみづの輪ふたつ交はりぬ 三島ゆかり【季語=鴨(冬)】
  2. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2021年5月分】
  3. 【春の季語】雛人形
  4. 一陣の温き風あり返り花 小松月尚【季語=返り花(冬)】
  5. 【夏の季語】梅雨茸(梅雨菌)
  6. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第61回】 石鎚山と石田波郷
  7. 止まり木に鳥の一日ヒヤシンス  津川絵理子【季語=ヒヤシンス(春)】
  8. パン屋の娘頬に粉つけ街薄暑 高田風人子【季語=薄暑(夏)】
  9. 【冬の季語】枯木立
  10. つばめつばめ泥が好きなる燕かな 細見綾子【季語=燕(春)】

Pickup記事

  1. 鉄瓶の音こそ佳けれ雪催 潮田幸司【季語=雪催(冬)】
  2. 真っ黒な鳥が物言う文化の日 出口善子【季語=文化の日(秋)】
  3. 肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子【季語=秋(秋)】
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【7月9日配信分】
  5. 春光のステンドグラス天使舞ふ 森田峠【季語=春光(春)】
  6. 【夏の季語】閻魔詣/閻魔 閻王 宵閻魔 閻魔帳
  7. おにはにはにはにはとりがゐるはるは 大畑等
  8. ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ  なかはられいこ
  9. 【冬の季語】水仙
  10. ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子【季語=ストーブ(冬)】
PAGE TOP