秋草のはかなかるべき名を知らず
相生垣瓜人
BSで放送中の「岸辺のアルバム」(1977年/山田太一原作・脚本)が面白い。突然かかってきた電話の主の男性に会いに行く主婦とその家族。現代でも信じられない設定なのだから当時はさぞかし、と思う。まだ5話までしか観ていないが、当時「衝撃の家庭ドラマ」と銘打っていた通り火種はたくさん仕掛けられている。その昭和的家族像を一種の時代劇として楽しんでいる。主題歌の「ウィル・ユー・ダンス」(ジャニス・イアン)が全てを美化しているようだがきっと結末あたりには別の効果を発揮するのだろう。
主演は八千草薫。さすが宝塚出身、素敵な芸名だ。宝塚歌劇団の劇団員は全員が芸名でしかも被ってはならないという制約があるなか現在でも素晴らしい芸名は生まれ続けているが、それでも宝塚のみならず歴代の全俳優の中で「八千草薫」は最も美しい芸名だと思う。その理由としては「八千草」が季語「秋草」の傍題である点が大きい。秋草でなく八千草。「薫」は源氏物語も連想させる。俳句的にいうと「八千草」も「薫」も動かない。
劇団ひとり(お笑いタレント・作家)という芸名にも感動した。「ひとり」は哀しみの成分が多い言葉だが、「劇団」とセットになることで軽やかになる。蔦谷好位置(音楽プロデューサー・作曲家)も同様。世界中の「こういち」さんを好位置にする仮名遣いの妙に花束を贈りたい。
秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人
秋草の名前で思い浮かぶのは「萩」「女郎花」「露草」「秋桜」などが筆頭か。秋の七草「萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」と春の七草「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草」を比べてみるとやはり秋草の名の方に風趣を感じる。一方春の七草の名は明るい。
秋草の名には「蒲公英」や「薔薇」にはないはかなさがある。心惹かれた草をじっと見つめていたが、よく考えてみるとその名を知らなかった。でも秋の草だ。きっとはかない名前がついているのだろう。名を知らない寂しさはいかにも秋らしい。だから「君の名は」という映画やドラマが成立するのだ。「はかなかるべき」という音韻もはかない。特に「はかなか」に浮遊感がある。
「雑草という名の草はない」という牧野富太郎の言葉は浸透してきたが、「名もなき草」という表現にも注意を払いたい。名がないのではない。知らないだけなのである。本当に名もなき草であれば新種の発見だからしかるべき筋に早めに報告した方が良い。
竹脇無我も素敵な芸名だが素晴らしすぎて緊張してしまう。季語もない。この感じは「俳人あるある」なのでは?
『角川俳句大歳時記 秋』より。 ※本文中全て敬称略
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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