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してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二【季語=日傘(夏)】

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してみむとてするなり我も日傘さす)

種谷良二


 ゴッホが好きなら北斎も見るべきだ。

「大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに―」(サントリー美術館)は大変な賑わいだった。展覧会は閉幕したが「すみだ北斎美術館」などで北斎の作品は比較的見やすい。北斎だけをわざわざ見に行ったのは実のところ初めてだった。色彩、線の力。本物から受け取るエネルギーは桁違いだ。そしてゴッホが愛したのもよくわかった。

 「ベロ藍」の鮮やかさに惹かれた。《富嶽三十六景》はもちろんのこと、肉筆画《流水に鴨図》で鴨の目に使われているのも神秘的だった。ベルリン由来の「ベロ藍」はプロシアの青を意味する「プルシアンブルー」とも呼ばれる。「プルシアンブルーの肖像」が脳内を巡っているのは筆者だけではないはず。

 プルシアンブルーはゴッホの《星月夜》でも惜しみなく使われている。「星月夜」は月がなくて星が明るい夜のことだがゴッホの絵に月があるのは気になるところ。原題(La nuit étoilée)も星をちりばめた夜という意味で月は入っていない。

「ジャポニズム」ブームのなか印象派の画家達は浮世絵に傾倒していった。ゴッホの《梅の花》は歌川広重の《名所江戸百景 亀戸梅屋敷》の模写、モネの《ラ・ジャポネーズ》では妻・カミーユが扇子を手に赤い着物を纏っている。新しい表現にわくわくしているのが伝わってきて好きなエピソードだ。時代の開拓者たる彼らには眩しく映ったことであろう。

 俳句においては血となり肉となっていない言葉を使って詠むとバランスを崩すことがあるので平常心で取り組みたい。本歌取りならなおさらだ。

  してみむとてするなり我も日傘さす   種谷良二

 夏の暑さが尋常でなくなってきた昨今、男性が日傘をさすという句は相当な数が詠まれている。しかしこれまで掲句を越える「男の日傘」句に巡り会ったことはない。

 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」という『土佐日記』の冒頭を踏まえている。日記を書くのが男のするものという前提があるから「女もしてみむとてする」のである。掲句には男とも女とも書いていないが、男性の日傘のことだということは明らかだ。日傘をさすのが女のするものという前提に基づいて男も「してみむとてする」のである。こうした前提もいつかは忘れられていくだろう。その頃にはこの句は時代の移り変わりを示した一句になるはずだ。

 17字中10字を捧げて成功した本歌取りのお手本のような一句だが、古典に親しんできた結果自然と句に昇華したような力の抜け具合があって心地よい。

 同じ影響を受けるならこれくらい軽やかに作品にしたいものだ。

『蟾蜍』所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【種谷良二さんの第一句集『蟾蜍』はこちら↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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