ハイクノミカタ

時雨るるや新幹線の長きかほ 津川絵理子【季語=時雨(冬)】


時雨るるや新幹線の長きかほ)

津川絵理子

 気付いたら十二月も下旬に突入した。日々精一杯過ごしているつもりでも、心にとめておくものがないと振り返った時に空虚な思いを抱く。特別なものでなくても良い。美味しいご飯の炊き方を365日研究しつづけたら1年後には多少なりとも美味しさに磨きがかかるだろう。それを10年続けたら立派な白米研究家だ。

 俳句においては句会に出す句を作るのに追われているだけだと1年を振り返った時に収穫の少なさに愕然とすることがある。賞応募などで1年ごとに振り返るのはそんな現実を認識し、自分が同じことばかりを気にしているのに気付く良いきっかけとなる。同じことばかりを気にしているのであればそれを自分のテーマとして受け入れて研究し尽くすという手もある。どう受け止めるにしても、それをつなぎとめる手段を講じないことには成果がぼろぼろとこぼれ落ちていく。予めのテーマ設定や振り返りのタイミングを作ることで成果のビーズに糸が通って形となる。そうしてこぼれ落ちることなく記憶の枝にとどまり、財産となっていくのだ。

  時雨るるや新幹線の長きかほ   津川絵理子

 雨の季語は多々あるが、ほかでもない「時雨」というとまずは京都を思う。京都駅、新幹線ホーム。時雨はほぼ垂直に降っているだろう。そこに入ってくる新幹線は水平。歌川広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」が見えてくる。浮世絵を思うのは「時雨」からの派生か。くっきりとした縦横の構図である。

 音韻の仕掛けも面白い。時雨るるやの「し」、新幹線の「し」と続き、長きかほの「お」の音。表記の「ほ」がほんのり風を感じる。ホームに入ってくる音が「し」、停止した音が「お」とすると、新幹線の呼吸のようである。「るる」は昔の発車ベル。

 電車や車を真正面から見ると確かにそこには顔がある。しかし新幹線は真正面から見ることが難しい。真横から見ると「顔」という感じが薄い。掲句が詠まれた2013年の主流はN700系であろうか。N700系の先頭部分は長い。500系は長すぎて客席数を確保できず徐々に主流から退いた。その「新幹線の顔」、一体どこから見たのだろうか?

 停まっている車輌を斜め前から見たとも考えられるが、プラットフォームの中程に立ち、車輌が入ってきて目の前を通りすぎるまで顔を見ていた時の発見として味わいたい。この新幹線は止まっていない。垂直に降る雨と水平に進む新幹線の関係性を詠んだと鑑賞した方がわくわくする。実にさりげなく「動」を描いている。

 〽縦の糸はあなた 横の糸は私(「糸」中島みゆき)。日々の営みという横糸も大事だが、縦糸でつなげていくことも忘れたくないものである。

『夜の水平線』(2019年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】

津川絵理子さんの句集『夜の水平線』は絶賛発売中!】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔27〕影ひとつくださいといふ雪女  恩田侑布子
>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
>>〔23〕菊人形たましひのなき匂かな   渡辺水巴
>>〔22〕つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠
>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
>>〔20〕遅れ着く小さな駅や天の川    髙田正子
>>〔19〕秋淋し人の声音のサキソホン    杉本零
>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 足指に押さへ編む籠夏炉の辺 余村光世【季語=夏炉(夏)】
  2. ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく 鍵和田秞子【季語=ダリヤ(夏)】
  3. 秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐【季語=秋の風(秋)】
  4. エリックのばかばかばかと桜降る 太田うさぎ【季語=桜(春)】
  5. 祭笛吹くとき男佳かりける 橋本多佳子【季語=祭笛(夏)】
  6. わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪【季語=風花(冬)】
  7. 大揺れのもののおもてを蟻の道 千葉皓史【季語=蟻(夏)】
  8. 後輩のデートに出会ふ四月馬鹿 杉原祐之【季語=四月馬鹿(春)】

おすすめ記事

  1. 気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子【季語=春(春)】
  2. あきざくら咽喉に穴あく情死かな 宇多喜代子【季語=あきざくら(秋)】
  3. 手の甲に子かまきりをり吹きて逃す 土屋幸代【季語=子かまきり(夏)】
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第9回】今井麦
  5. 赤ばかり咲いて淋しき牡丹かな 稲畑汀子【季語=牡丹(夏)】
  6. 【連載】新しい短歌をさがして【3】服部崇
  7. 【書評】渡辺花穂 第一句集『夏衣』(北辰社、2020年)
  8. 麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子【季語=春(春)】
  9. 春の日やあの世この世と馬車を駆り 中村苑子【季語=春の日(春)】
  10. せんそうのもうもどれない蟬の穴 豊里友行【季語=父の日(夏)】

Pickup記事

  1. ゆげむりの中の御慶の気軽さよ 阿波野青畝【季語=御慶(新年)】
  2. 【書評】茨木和生 第14句集『潤』(邑書林、2018年)
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第65回】柳元佑太
  4. 【春の季語】鳥の妻恋
  5. 貝殻の内側光る秋思かな 山西雅子【季語=秋思(秋)】
  6. 【秋の季語】十三夜
  7. まはすから嘘つぽくなる白日傘 荒井八雪【季語=白日傘(夏)】
  8. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【番外−3】 広島と西東三鬼
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第22回】村上鞆彦
  10. 【書評】仙田洋子 第4句集『はばたき』(角川書店、2019年)
PAGE TOP