ハイクノミカタ

少女才長け鶯の鳴き真似する  三橋鷹女【季語=鶯(春)】 


少女才長けの鳴き真似する)

(三橋鷹女

掲句は、三橋鷹女句集「羊歯地獄」より。

才に長けた娘が鶯の鳴き真似をしているというだけの句ではあるが、ただ、微笑ましいという光景だけにとどまっていないように思われ、立ち止まってしまった句である。

鶯の声に自然と少女の心がほぐれていくような春らしさに、少女の才と無邪気さのアンバランスさが描かれており、かつ、少女がそのまま鶯になってしまいそうな雰囲気も仄かに感じられる。何に才が長けているのかは分からないが、あたかも突出した才により、少女でもなく、鶯でもない存在へと変貌していくようでもある。

飯島晴子の句に「百合鷗少年をさし出しにゆく」という句があるが、晴子の句は、少年に意志がない分、より危うさがあるが、どこか鷹女の句と共通している世界のようにも思われる。一握りの少年や少女でしか行くことのできない遠くの世界。そこには鳥が象徴的に存在する。

また、鳥や獣の声の鳴き真似は、言葉が生まれる文明以前にされていたと言われているが、より本能に近い行為ということだろうか。鶯の鳴き真似という可笑しみに加え、何にも同化できないあはれさも、そこはかとなく流れているように思う。

掲句の少女は鷹女自身のことではないが、孤独な作家と言われた才気あふれる鷹女の少女時代を彷彿とさせる。

そして、このアンバランスで危うい感覚を鷹女はいつまでも持ち続けたのではないだろうか。

老いながら椿となつて踊りけり

山岸由佳


【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
炎環」同人・「豆の木」参加
第33回現代俳句新人賞。第一句集『丈夫な紙』
Website 「とれもろ」https://toremoro.sakura.ne.jp/


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々

【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子

【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子

【2024年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔10〕足跡が足跡を踏む雪野かな 鈴木牛後
>>〔11〕父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二
>>〔12〕トラックに早春を積み引越しす 柊月子
>>〔13〕故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎

【2024年2月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔1〕雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子
>>〔2〕虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣
>>〔3〕人のかほ描かれてゐたる巣箱かな 藤原暢子
>>〔4〕とぼしくて大きくて野の春ともし 鷲谷七菜子

【2024年2月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔1〕寒卵良い学校へゆくために 岩田奎
>>〔2〕泥に降る雪うつくしや泥になる 小川軽舟
>>〔3〕時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎
>>〔4〕屋根替の屋根に鎌刺し餉へ下りぬ 大熊光汰

【2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
>>〔5〕初夢のあとアボカドの種まんまる 神野紗希
>>〔6〕許したい許したい真っ青な毛糸 神野紗希
>>〔7〕海外のニュースの河馬が泣いていた 木田智美
>>〔8〕最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら
>>〔9〕くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子

【2024年1月の水曜日☆おやすみでした】

【2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔5〕いつよりも長く頭を下げ初詣 八木澤高原
>>〔6〕冬蟹に尿ればどつと裏返る 只野柯舟
>>〔7〕わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪
>>〔8〕室咲きをきりきり締めて届きたり 蓬田紀枝子


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