ハイクノミカタ

マフラーを巻いてやる少し絞めてやる 柴田佐知子【季語=マフラー(冬)】


マフラーを巻いてやる少し絞めてやる

柴田佐知子

やめられないもの。

①オリオン座チェック

常に居場所を把握。中学の頃は昴チェックだった。

②コーヒー

飲むまでは食事完了モードにならない。毎日飲んだら長生きする説を信じている。

③させていただきます

悪者扱いされることがあるがこれを上回る表現が見当たらずどうしても使ってしまう。

 「させていただく」は本来相手の許可が必要で自分に恩恵がある時に使うべきもの。「休業させていただきます」に違和感があるのは許可をとる必要がないからだ。連続使用も違和感のもと。<させていただかせていただきますかな>などと川柳を作って一人ほくそ笑むことがあることを告白しておく。とはいえそんなことを考えながら話すのも大変なので、まずは二重敬語にならないことだけでも気をつけたいものである。「させていただく」は謙譲語。

 敬語のなかで使用方法が難しいのは「してあげる」的内容のもの。恩着せがましくなったり上から目線になったりするリスクが高い。かなり親しい相手に言うか「◯◯してあげたい」などと独り言風に言うのがやっとである。それを回避するために結局自己完結的な「させていただく」に帰着したりする。

   マフラーを巻いてやる少し絞めてやる

 「〜してやる」はその使用方法の難しい「してあげる」パターン。「あげる」だと会話調だが「やる」というと文語的になる。

 「巻いてやる」までは相手は子どもかパートナーあたりかと思う。「してあげる」にふさわしい相手だ。巻いてあげるよ、と言っていそうである。

しかし「絞めて」で事態は一変する。マフラーということからも、少し(首を)絞めてやっていると思わざるを得ない。広辞苑によると「絞」を使った「しめる」は以下の意味。

「絞」は、からだの一部を強く圧迫して息ができないようにしたり、殺したりする意の場合にもっぱら使う。

 相手は子どもではなくパートナーとして味わった方が良さそうだ。火遊びするなよ、という隠れたメッセージかもしれない。ちょっと釘を刺す感じが大人だなぁ、と初学のころから好きだった一句。

『垂直』(2009年)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
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>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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