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しかと押し朱肉あかあか冬日和 中村ひろ子(かりん)【季語=冬日和(冬)】


しかと押し朱肉あかあか冬日和

中村ひろ子(かりん)

 小学校の卒業記念品だったと思う。印鑑をもらった。これから使うようになるからという理由だったが、正直さほど嬉しくはなかった。生命保険会社で働いていた頃は、お客様から印をもらうのが何よりの喜びだった。「私から申し込んでくれた契約の印鑑はこれです」という意味で印鑑に会社名のメモを貼り付けてお客様に印鑑を贈ったこともある。今の仕事では繰り返される契約の社判を誰かが押してくれていて、何かの感情が沸き起こるということはない。その社判も電子化されつつある。

 契約書にはいわゆるシャチハタ印は認められない。ゴムが劣化して同じ形を保つのが難しいからだ。銀行口座の窓口での手続きには登録したのと同じ印鑑が必要になる。手続きに持参した印鑑と登録済みのものの印影が少しでも異なるとその手続きは認められない。その見分けもプロの技で感動的だ。

 シャチハタがNGなのは社会人1年目で習ったので誰でも知っていると思っていたらそうでもなかった。公的な書類や契約書を修正液や修正テープで修正しようとしているのを止めたことも一度や二度ではない。印に重ねて印を押してしまうと最初に押した印を消すことになるので修正印を押す時には慎重に。

しかと押し朱肉あかあか冬日和

 最近プライベートが大きく動いており、この句のような印を押すことが何度かあった。朱肉をたっぷりつけ、ハアッと息を吹きかけ、印鑑マットからずれていないことを確認して力いっぱい印をついた。朱肉の赤さが心の内を語っているかのようであった。朱肉句を何句か作ったがどうも決らない、と思っていた矢先に読み返した句集で出会った句である。

 赫という漢字はあるが、青や白・黒が2つ並んだ一文字の漢字は探した限り見当らない。赤は重ねたくなる色なのである。「赫」という字は赤い火を二つ並べて、光の輝きを表している。「ん」の送り仮名をつけると「さかん」と読む。そんな熱い字。

 朱肉はもちろん朱色であるが、「赫」の匂いもある。その色が取り交わされる契約に伴う感情を表しているかのようだ。「しかと押し」という行為にもその気持ちが表現されている。「白って200色あんねん」という言葉が一時期流行ったが、赤もまた表情豊かなのである。

 「朱肉あかあか」となるまで力を込めて押した印は家族の嬉しい変化に対するものか。「あかあか」のひらがな表記がお子様のそれなのではと想像を導く。それまで重ねてきた苦悩の日々があるからこその喜びがあるのだろう。冬日和がしみる。

 作者は句集上梓当時は「未来図」所属。その時代は中村ひろ子名義で活動していた。現在は「稲」に所属、中村かりんの俳号で活躍を続けている。

『ドロップ缶』(2018年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔77〕命より一日大事冬日和 正木ゆう子
>>〔76〕冬の水突つつく指を映しけり 千葉皓史
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>>〔74〕蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日 涼野海音
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>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
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>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
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>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
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>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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