ハイクノミカタ

春の言葉おぼえて体おもくなる 小田島渚【季語=春(春)】


春の言葉おぼえて体おもくなる)

小田島渚

 劇場版「名探偵コナン」の季節がやってきた。今まさに最新作を上映中だが、映画レビューサイトではないので感想は控えめに…という以前に実は筆者はまだ鑑賞できていない。ということで昨年公開された「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」の話から。コナンはタイトル通り名探偵なので犯人捜しが大事な要素なのだが、「ハロウィン」についてはかなり早い段階で犯人をわからせようとするシーンがあった。コナン初心者にはピンと来ない場合もあったが、リピーターには明らかなヒントとして伝わっていた。犯人はわかってしまったが、スリリングな展開に犯人捜しはどうでもよくなった。コナンファンにとって犯人捜しのヒントは俳人における季語に近い共通言語なのである。

  春の言葉おぼえて体おもくなる

 言葉を覚えて体が重くなるとはどういうことなのだろう。句会のスピードでは見逃してしまいそうな奥行きを持つ句だが、筆者はこの句に2つのヒントを見つけた。

 最も重要な手がかりは季語。「春」が鑑賞の道筋を示してくれている。春の言葉は芽吹く力を与えてくれるものだろう。それは必ずしも春の季語でなくても良い。心に春風を起し、春の日差しを呼び込む前向きな言葉であることが感じとれる。

 2つめのヒントは「おもくなる」とひらがな表記であること。単語の意味から考えると「重くなる」と漢字にしたいところをひらがなにしており、重さが伝わりにくい。重量を表現したいわけではないようだ。

 春の言葉を覚えて体が重くなる。すぐには呑み込めないので裏面から考えてみた。体が重くなったと感じる…。そのきっかけは春の言葉…。心が軽くなって体を重く感じたのではないだろうか。だとすると下五のひらがな表記も納得がいく。重さのなかに軽さのニュアンスも含んでいるのだ。

 「おぼえて」も油断ならない言葉だ。記憶するという意味でとらえると作者はその「春の言葉」に初めて出会ったことになる。一方「眠気を覚える」のような用法だとするともともとその春の言葉を知っていて、その意味するところを実感した一瞬を切り取ったということになる。後者だとすると春の言葉は限定されてくる。「あたたか」「のどか」といったところか。

 言葉というスイッチで心が軽くなる瞬間を、考え抜かれた表現で一句にした。心を軽くするような春の言葉を筆者は一つに絞り込むことができない。しかし春の風音はどのような場合も心を軽くしてくれる。言葉は時に重たいが、ノンバーバルなメッセージには救いがあることが多い。

『羽化の街』(2022年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【小田島渚さんのハイクノミカタ(2021年10月)はこちら↓】

【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

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>>〔45〕鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫
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>>〔42〕春の夜のエプロンをとるしぐさ哉 小沢昭一
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>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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