ハイクノミカタ

まだ固き教科書めくる桜かな 黒澤麻生子【季語=桜(春)】


まだ固き教科書めくる桜かな)

黒澤麻生子

2016年4月8日金曜日、筆者の俳句人生に大きな影響を及ぼす句会がスタートした。俳人協会による若手句会である。第一回開催日が虚子忌だったので鮮烈に記憶に刻まれた。その日は小澤實、櫂未知子、角谷昌子、片山由美子(五十音順)の4人が選者。2回目以降はそのうちの2人となった。後に他の選者も加わり、その組み合わせも楽しみの一つとなった。

俳人協会員でなくても50歳未満なら参加できるその会には、その日満員の30名が俳句文学館に集った。俳句文学館の開館時間を第2金曜日だけ延長することになったのもそのタイミングであった。最初は五十音順で席が決められていたので、苗字の頭文字に近い文字で始まる苗字の人とは多少の会話が出来たが、お開きになればそのまま帰宅という日々であった。

若手句会は毎年8月と1月が休みとなる。2016年12月の会で、次回1月は休会との告知があった。その時手を挙げたのが白井飛露(銀漢、玉藻)。「1月の句会が休みなら皆さんで吟行しませんか?」この一声を機に若手句会の後は飲みに行く流れとなり、私たちの「いつものあの店」が設定されていった。顔なじみになったところで卒業する人も出てきたが、その時に得た縁は今でも続いている。

 まだ固き教科書めくる桜かな

第1回若手句会で最高得点を獲得した句。新しい教科書には未来が詰まっているようで筆者は嫌いではなかった。桜の頃の教科書は間違いなく固い。この句では「まだ」とあるので、これから使い込んでいくことが前提になっているのだ。この教科書でこの学科を学んでいこうという心情が「固さ」という触覚で綴られていて共感度が高い。掲句の桜は咲き満ちている頃のものであろう。学年のスタートを彩る季語にも学んでいく意志の固さが現れている。

句集『金魚玉』を手にした時、まずこの句を探した。中七を連体形で軽く切って「かな」でとめるという型の効果が恥ずかしながら当時は身についておらず、当日の選句時間のなかでその味わいを受け取ることが出来なかった。選をする際には類句があるなど選んではならない句を避けることが大事で、名句を見逃すことは気にしなくて良いと聞いたので気にしないことにする。名句は必ずしも人目を惹く姿をしているとは限らない。

感染症流行のため集うことが出来ず、対面の若手句会が開催されない間に筆者は卒業となった。「今日これが最後の一句」というものを出していないのでどうも終った気になれないのだが、『金魚玉』を繙いては第一回若手句会を思い出しているのである。

『金魚玉』(2017年刊)所収

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


黒澤麻生子さんの第一句集『金魚玉』ははこちら↓】

【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔43〕後輩のデートに出会ふ四月馬鹿  杉原祐之
>>〔42〕春の夜のエプロンをとるしぐさ哉 小沢昭一
>>〔41〕赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
>>〔40〕結婚は夢の続きやひな祭り    夏目雅子
>>〔39〕ライターを囲ふ手のひら水温む  斉藤志歩
>>〔38〕薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋
>>〔37〕男衆の聲弾み雪囲ひ解く    入船亭扇辰
>>〔36〕春立つと拭ふ地球儀みづいろに  山口青邨
>>〔35〕あまり寒く笑へば妻もわらふなり 石川桂郎
>>〔34〕冬ざれや父の時計を巻き戻し   井越芳子
>>〔33〕皹といふいたさうな言葉かな   富安風生
>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
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>>〔30〕禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ
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>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
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>>〔22〕つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠
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>>〔19〕秋淋し人の声音のサキソホン    杉本零
>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

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>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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