ハイクノミカタ

後輩のデートに出会ふ四月馬鹿 杉原祐之【季語=四月馬鹿(春)】


後輩のデートに出会ふ四月馬鹿)

杉原祐之

職場結婚は珍しい話ではない。筆者の身近にも複数件あったが、どれも驚かなかった。必ず事前の目撃情報があったからである。しかし、本人たちから発表があれば一応驚いた風を装った。四月一日だったらその反応も四月馬鹿ということになろうか。

オフィスラブという言葉を知ったのは筆者が中学生の頃だったと思う。それをテーマにした「ニュアンスしましょ」(香坂みゆき)という曲が流行した。「デスクの端に秘密のサイン」というフレーズが煌めいていた。今はオフィスラブという言い回しにどこか古さを感じる。職場恋愛・職場結婚という言葉の方がしっくりくるのは年齢のせいだろうか。オフィスラブというと心浮かれるばかりで、秘密のやりとりににんまりしてしまうというニュアンス。職場恋愛というと出会った場の分類にすぎず、秘密のやりとりのようなものはあまり連想しない。結婚への距離も近そうだ。前者は成就するまで、後者はその後のように思われる。

ここまで語ったが職場恋愛の類いには全く興味がない。興味があるのは「オフィスラブ」と「職場恋愛」のニュアンスの違いだけ。そうそうもう一つ、社内恋愛というとオフィスラブのニュアンスに近い。「しゃ」も「ない」も柔らかい。「しょくば」は少し冷たい。とくに「く」と「ば」のあたりは寒気が強い。

 後輩のデートに出会ふ四月馬鹿

この句の後輩は職場の後輩であろう。学校やサークルの後輩であれば四月馬鹿の面白みが失せてしまう。お相手は職場の方=職場恋愛とは限らないが、そうだと仮定すると嘘の密度が濃くなり、四月馬鹿が生きてくる。気付かぬふりして素通りしようとする嘘、デートではないと釈明する嘘、自分ではないととぼける嘘…何通りも考えられる。その後輩はこういうことに対してオープンではなく、嘘をついてしまうタイプなのだろう。服装も普段とは全く違うイメージのものだったのかもしれない。お相手に対していつもと違う表情を見せるという嘘もあった。既婚者なら四月馬鹿は成立しない。

ふんわりとした情景を季語が引き締める場合もあるが、掲句の場合はその逆。しっかりと状況が定まっているところに季語が想像を膨らませるタイプの句である。今回も書き進めながらどんな嘘がありうるだろうと想像していたら、たくさんのパターンが成立するので驚いた。

句集『十一月の橋』には掲句のほかにも後輩が何度か登場する。辞めそうなところを飲みに誘ったり、夜桜に連れ出したり、良き先輩のようである。そんな作者はデートを見られた後輩とどんなやりとりをしたのであろうか。そこには嘘がなさそうである。

『十一月の橋』(2022年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


杉原祐之さんのハイクノミカタ(2022年6月)はこちら↓】

【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔42〕春の夜のエプロンをとるしぐさ哉 小沢昭一
>>〔41〕赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
>>〔40〕結婚は夢の続きやひな祭り    夏目雅子
>>〔39〕ライターを囲ふ手のひら水温む  斉藤志歩
>>〔38〕薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋
>>〔37〕男衆の聲弾み雪囲ひ解く    入船亭扇辰
>>〔36〕春立つと拭ふ地球儀みづいろに  山口青邨
>>〔35〕あまり寒く笑へば妻もわらふなり 石川桂郎
>>〔34〕冬ざれや父の時計を巻き戻し   井越芳子
>>〔33〕皹といふいたさうな言葉かな   富安風生
>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
>>〔31〕初島へ大つごもりの水脈を引く   星野椿
>>〔30〕禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ
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>>〔27〕影ひとつくださいといふ雪女  恩田侑布子
>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
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>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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