ハイクノミカタ

さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり 千原草之【季語=さくらんぼ(夏)】


さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり

千原草之(ちはら・そうし)


一週お休みをいただきました。ようやく急に寒さが戻ったりしなくなった東京。梅雨入はもう少し先だそうで。いやはや、六月でございます。

日の暮れの遅い、なんだかそぞろな梅雨入前のこんな季節は、ひさびさの千原草之の句で。

さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり

買ったにしても、貰ったにしても、なんとなく特別の趣のあるさくらんぼ。いざ、いただきますかという瞬間のことだろう。

日の永いさくらんぼの季節だけれど、食後だろうか、すでに辺りは暗い。こちらは居間にでもいるのだろう、さくらんぼを洗いに行った先で灯が灯る。皿を洗うにも、茶を淹れるにも点けるのと同じ灯なのだけれど、その用向きを知っているというだけのこと。

その他のときは、さほども払わない注意。句にさくらんぼの姿は描かれないけれど、さくらんぼをもたらせてくれる人が点ける電灯に、さくらんぼに向けられた密かな期待がうかがわれる。

今年もまもなくさくらんぼの季節。

『垂水』(1983年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
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>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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