ハイクノミカタ

鵙の贄太古のごとく夕来ぬ 清原枴童【季語=鵙の贄(秋)】


鵙の贄太古のごとく夕来ぬ

清原枴童きよはら・かいどうまさとし))


あっという間に秋の云々…というような繊細な情緒を通り越して、東京、寒いです。

春秋用のコートは、あんまり着なかったけど、やっぱりクリーニングしとくかなあといって出したのが、今月の初め頃。やばい、取りに行けなくて、着るのに間に合わないかもと思ったら、ふたたび残暑に入ったりして、そして、いきなりの冷え込み。今日の夜の気温なら、次のコートを着た方がいいような、晩秋で帳尻のあった金曜ですよ。

なんで、そんな寒い思いをしたかと言えば、今日の在宅勤務のうちに部屋に4つある電球のうちのひとつが切れて、そのままでも大丈夫と思っていたら、外が暗くなるにしたがってどうも暗い方の首あたりが凝ってきたから。このままその偏った照明で暮らすと、体がちょっとおかしくなる気がしたので、電球を買いに出た。強い風が吹いたせいか、選挙演説のかしましい昼間とは打って変わって…。

さて、そんな寒い中、電器屋まで行ったので、明るい中でご飯を食べることが出来たけれど、一度崩れた首のバランスはすぐには治らない。本当は、鈴木花蓑の「水澄む」の句が、後の月の後ろに並んでいることについての、静かな想像をするはずだったのだけれど、ちょっとそういうしんとしたものに耐えられる感じでなくなり、そしてこの句。

 鵙の贄太古のごとく夕来ぬ

で、これならいいんじゃないかと。元気出るんじゃないかと。

「鵙の贄」はご承知の通り、鵙が餌を保存するために、木の枝などに差して地の上に蓄えるもの。地上からすこしの高さに浮いて乾いてゆく獲物。生きていた時の姿をとどめる餌の姿は、その生物が太古にそうであった姿を思い起こさせるのかもしれない。「太古のごとき夕」とは、夕に照らされる鵙の贄のそんな姿を言ったのではないか。もちろん、鵙の贄しか見当たらない地上を、広々とした太古の景と捉えたのかもしれないし、鵙の鳴き声に恐竜の時代を思ったとも、やや暗みのつよい鵙の頃の夕方を太古の遠さ、不確かさと捉えたのかもしれない。

何とは、はっきり言えないけれど、全体的に何となく通るような大づかみなところが、枴童の句であり、またこういう体調の時にはありがたい。「夕」のあたたかさも相まってくる。

鈴木花蓑と清原枴童は1歳違いの明治生まれ。『ホトトギス同人句集』では前後して掲載されている。この句集には各人の句のあとに、自己紹介と住所が書かれているが、自身の新聞俳壇での選句経歴を三行ほど書いただけの花蓑に対して、自身の新聞記者としての職歴や、設立にかかわった新聞俳壇を列挙し、中断を含めた俳句歴についても8行に渡って書き残す枴童。見比べることで双方が微笑ましい。

もちろん句柄も大いに異なる二人、その時の体調によってどちらかを選んでもいいし、選んだ句によって自分の体調を知ることもできる気も。

花蓑の句もしんしんと読み進められる滔々とした週末は…無理だろうなあ、選挙の前の週だもんなあ。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


🍀 🍀 🍀 季語「鵙の贄」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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