
ティアラ挿し新婦となれり蔦若葉
池田瑠那
(『心柱』)
池田瑠那さんの第二句集『心柱』は、令和8年、第十四回星野立子賞を受賞した。掲句は『心柱』の冒頭の句であり、「婚の日」という前書を持つ。続いて、「新婚旅行は豪州 七句」と題し、羊の毛刈りの情景と羊肉の句があり、「夫、輪禍に遭ひ急逝、その後の日々」という前書に行きあたる。突然の展開に驚いてしまうのであるが、実は、第一句集『金輪際』の巻末近くに「夫、輪禍に遭ひ、二日後に他界。二十二句」という前書を置いた一連があり、第一句集を読んだことがある人には、その流れであることが分かる。時系列としては、第一句集の巻末近くと並列するかたちではじまるのである。
瑠那さんは、昭和51年生まれ。大学では国文科を専攻。修士課程終了後、平成16年、小澤實主宰「澤」に入会。平成19年、澤新人賞受賞。平成30年、『金輪際』出版。句集出版後は、精力的に評論を執筆。令和3年、第八回俳人協会新鋭評論賞正賞受賞。令和5年、第二十四回山本健吉評論賞受賞。令和7年、評論集『境目に立つ、異界に坐す―犀星・楸邨・泰の世界』を出版し、第四十回俳人協会評論新人賞を受賞。
第一句集『金輪際』は、題材の新しさや表現の自在さが魅力ではあったものの、夫の死という壮絶な連作が話題となった。小澤實主宰の序文によると、「瑠那という名は本名で、ロシア語の月という意味の語から付けられたという。その名が入口となって、月や宇宙への関心も生まれている」との紹介がある。
『金輪際』を貫くテーマの一つとして、宇宙がある。宇宙へ想いを馳せた句は、単なるロマンでは終わらず、どこまでも現実的である。
にんげんの足跡凍てて月面に
探査機ゆく土星の寒き環を掠め
宇宙ゆく砂塵が我ぞ去年今年
宇宙飛行士われ落としし手套永遠に浮遊
科学的な内容も知識も理屈っぽくは見えず、詩の言葉として句のなかに収まっている。ごつごつとした内容でありながらも奇を衒ったようには見えず、すとんと胸に入ってくるのは、身体感覚に引き寄せて詠んでいるからであろうか。
月に躁(さわ)ぐわが細胞や六十兆
宇宙膨張中われ桜餅嚥下中
わが脳の暗黒物質(ダークマター)も冬に入る
宇宙への興味はロシアへの興味へと繋がってゆく。瑠那という名前の由来もロシア語である。ライカ犬、ボストーク一号、ガガーリンなど、ロシアの宇宙開発の歴史を辿るような句が並ぶ。
宇宙船凍つライカ犬乗せしまま
ボストーク一号発射の空へ林檎咲く
ガガーリンにひしと重力春の暮
生活を詠んだ句は、日常の何気ないことを掬い取り詩へと昇華している。等身大の飾らなさが魅力である。
竜宮城洗つて金魚鉢に戻す
走るまへ腿よく叩く桜かな
カルヴァドスかをり深きを寝酒とす
写生の眼も確かである。独特の感性を持ち、視点の良さが光る。的確な描写には、はっとさせられるような発見がある。
梅雨晴や文字より落つるチョークの粉
あるじ見る犬秋草に尿る間も
春月にししむらの色ありにけり
恋の句もしっかりと詠み、その瞬間を残している。
紅梅や恋せば髪の伸びやすき
夏逝くや火星に大気われらに恋
汝呼べる我が息しろし並木道
接吻のわれら映すや聖樹の珠
そして、「夫、輪禍に遭ひ、二日後に他界。二十二句」の一連。
死に近きからだ熱れる青葉かな
君生かす輸液澄明夏あした
葉桜や鋲に閉ぢたる検死創
我よりの賀状も君が遺品なる
君逝きし世界に五月来たりけり
『金輪際』の「あとがき」には、
昨春、交通事故により突如伴侶を喪いました。衝撃に打ちのめされたまま二週間ほどが過ぎたある夜、句会を行っている夢を見ました。席題を出され、振り絞るように一句書きとめたところで目が覚め─、しばらく泪が止まりませんでした。夢うつつで詠んだ句の巧拙はともかく、「俳句は私に、生きよと言っている」そう感じたできごとです。
と記されている。悲しみのほどは計り知れないが、俳句によって救われ、強く生きてゆく覚悟を決めたことが伝わってくる。
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