ティアラ挿し新婦となれり蔦若葉 池田瑠那【季語=蔦若葉(春)】

  ティアラ挿し新婦となれり蔦若葉   池田瑠那

 「六月に結婚した花嫁は幸せになれる」というヨーロッパの古くからの言い伝えにより、六月に結婚式を挙げるカップルは多い。ジューンブライドとか六月の花嫁ともいわれる。瑠那さんは、豪州で挙式をしたと聞いているが、六月だったかどうか。季語が〈蔦若葉〉なので、晩春の頃であったのであろう。蔦は長く這うことから永遠性を思わせ、婚の句の季語として相応しい。

 「新婚旅行は豪州 七句」では、羊の毛刈りを詠んでおり、歳時記では春の季語である。
  羊刈る羊の頸を股挟み
  バリカン当てられ羊前肢に宙を蹴る

 秋の季語の句もある。〈あきくさ〉〈露けき〉は秋の季語である。オーストラリアは、日本とは季節が逆なので、日本では晩春だが現地では秋だったのだろう。
  仔羊(ラム)反芻あきくさあまく融けゆくか
  露けき柵に隔つや屠る仔羊(ラム)と他と

そして、「夫、輪禍に遭ひ急逝、その後の日々」の句が続く。
  骨壺のそこひ釉なし冬の山
  「行つてきます」君が遺愛のマフラ巻き
  花おぼろ生くるとは熱放つこと

句集には、悲しみと寄り添いつつも自分の道を進んでゆく姿が描かれてゆく。
  手洗ひにはづす指輪よ夕桜
  乱鴬や洗ひし墓石はや乾き
  配偶者欄「無」に丸つけぬ冬紅葉
  君在らば銅婚式か冬薔薇
  春の富士皓きよ夫の忌を修す

引き続き宇宙的な句も詠まれている。マニアックな要素が抜けて、抒情的で詩情のある詠みぶりとなっている。
  星吸ひ肥ゆるブラックホール夜の蟬
  並行宇宙あり昼顔の花の奥
  人工衛星光り過ぐるも花の宵
  終戦日昏れて雲間にベガ青し

 人類に対する興味も尽きない。客観的に詠みつつも斬新な切り口となっている。
  霊長類変異種われら夕焼なか
  自称して叡智人(ホモ・サピエンス)ひでり星

科学的なものを詠む一方で不思議な世界も詠む。空想でありながらも作者の眼には、しかと見えていそうだ。霊的なものの存在が何とも可笑しく可愛らしい。
  梅雨茸つつかば侏儒にされてしまふ
  つちふるや茶筒に飼うて管狐
  閉ぢし書に坐すや矮さき風邪の神

 時代もしっかりと詠んでいる。作者にとっては縁のあるロシアが戦争をはじめたことで心を傷めているに違いない。
  薔薇に雪「諦めるなと」ナヴァリヌィ
  凍天響(とよ)もし反戦のこゑ露都に今
  露和辞典見返し露国全図冷ゆ

 コロナ禍のことも仕事のこともきっちりと詠んでいる。説明的な内容ではあるが、この時代を生きた記録を残しておこうとする姿勢が見える。
  午前対面午後は遠隔授業梅雨
  退学事由「感染不安」柿落葉
  事前録音なる卒業歌蒼天へ

 吟行句も多い。写生における描写の的確さはより精度を増している。
  椿落つ椿いちめん腐れる上
  霧をゆく霧のかたまり木霊めき
  仕掛花火の朱雀は尾よりくづれけり
  春雪の湿りうつれる三和土かな

 作者は、一つの題材に対して何句も詠んでいく姿勢をとる。興味があることに向き合い、句を詠む際には、他者の評価を全く気にしていない。この姿勢が独自の表現や視点を生み出しているのかもしれない。
  草木塔涼し大杉が根方
  草木塔まぢかく樵が墓よ緑さす
  螇蚸跳びつく草木塔の塔の字に

 句集の巻末には「林中の塔」と題して、山形県で見た草木塔と羽黒山の五重塔のことが記されている。

草木塔を前にして、しばし人間中心、人間本位の思想を脱し得た。五重塔の心柱を拝観し、常に何かに急き立てられるような時間観から解放された。おそらく、句を詠もう、素直な気持ちで対象に向き合おうとする姿勢が私にそれを可能にしたのだ―。

 句集出版間際の頃、瑠那さんと酒宴の席でご一緒する機会があった。その際にほろっと呟いたことばが印象的であった。
「私、もうそろそろ新しい恋をしてもいいのかな」

 第二句集『心柱』の冒頭に「婚の日」の句を置き、亡夫を詠み続けたのは、鎮魂と同時に先へ進むためだったのだ。第二句集の出版は、青春への訣別の意味もあったのだろう。

  頑張れと言はぬ友あり辛夷咲く 瑠那
 頑張れとは言わないけれども、新しい恋をしても良いと思う。第三句集では、瑠那さんの新しい恋の句が見られるかもしれない。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔206〕ラムネ玉からんと恋の後始末 牧内登志雄
>>〔205〕かひやぐら息苦しきは腕枕 野村茶鳥
>>〔204〕夏蜜柑剝きし指より酢つぱき吻 坂内里桜
>>〔203〕主治醫に伝えむ黄蝶白蝶の籃輿 金子皆子
>>〔202〕先生それは白い雛菊カモミール 金子皆子
>>〔201〕日常や椿一輪が重たし 金子皆子
>>〔200〕バレンタインデー艶福にして子煩悩 澤田緑生
>>〔199〕雑魚寝して清十郎に遠きお夏かな 佐々木北涯
>>〔198〕雪女郎抱きたし抱けば死ねるかも 吉田未灰
>>〔197〕仮りにだに我名しるせよ常陸帯 松瀬青々
>>〔196〕初夢で逢ひしを告げず会ひにけり 稲畑汀子
>>〔195〕ひそやかに女とありぬ年忘 松根東洋城
>>〔194〕ある期待真白き毛糸編み継ぐは 菖蒲あや
>>〔193〕綿虫と吾ともろともに抱きしめよ 藺草慶子
>>〔192〕愛人を水鳥にして帰るかな あざ蓉子
>>〔191〕胸中に何の火種ぞ黄落す 手塚美佐
>>〔190〕猿のように抱かれ干しいちじくを欲る 金原まさ子
>>〔189〕恋ふる夜は瞳のごとく月ぬれて 成瀬正とし
>>〔188〕虫の夜を眠る乳房を手ぐさにし 山口超心鬼
>>〔187〕戀の數ほど新米を零しけり 島田牙城
>>〔186〕霧まとひをりぬ男も泣きやすし 清水径子
>>〔185〕嘘も厭さよならも厭ひぐらしも 坊城俊樹
>>〔184〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
>>〔183〕熱砂駆け行くは恋する者ならん 三好曲
>>〔182〕恋となる日数に足らぬ祭かな いのうえかつこ
>>〔181〕彼とあう日まで香水つけっぱなし 鎌倉佐弓
>>〔180〕遠縁のをんなのやうな草いきれ 長谷川双魚
>>〔179〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
>>〔178〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
>>〔177〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
>>〔176〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
>>〔175〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
>>〔174〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
>>〔173〕寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇
>>〔172〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃
>>〔171〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
>>〔170〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
>>〔169〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
>>〔168〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
>>〔167〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
>>〔166〕葉牡丹に恋が渦巻く金曜日 浜明史
>>〔165〕さつま汁妻と故郷を異にして 右城暮石
>>〔164〕成人の日は恋人の恋人と 如月真菜
>>〔163〕逢はざりしみじかさに松過ぎにけり 上田五千石
>>〔162〕年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ 北大路翼
>>〔161〕ゆず湯の柚子つついて恋を今している 越智友亮
>>〔160〕道逸れてゆきしは恋の狐火か 大野崇文
>>〔159〕わが子宮めくや枯野のヘリポート 柴田千晶
>>〔158〕冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ 黒岩徳将
>>〔157〕ひょんの笛ことばにしては愛逃ぐる 池冨芳子
>>〔156〕温め酒女友達なる我に 阪西敦子
>>〔155〕冷やかに傷を舐め合ふ獣かな 澤田和弥
>>〔154〕桐の実の側室ばかりつらなりぬ 峯尾文世
>>〔153〕白芙蓉今日一日は恋人で 宮田朗風
>>〔152〕生涯の恋の数ほど曼珠沙華 大西泰世
>>〔151〕十六夜や間違ひ電話の声に惚れ 内田美紗
>>〔150〕愛に安心なしコスモスの揺れどほし 長谷川秋子
>>〔149〕緋のカンナ夜の女体とひらひらす 富永寒四郎
>>〔148〕夏山に噂の恐き二人かな  倉田紘文
>>〔147〕これ以上愛せぬ水を打つてをり 日下野由季
>>〔146〕七夕や若く愚かに嗅ぎあへる 高山れおな
>>〔145〕宵山の装ひ解かず抱かれけり 角川春樹
>>〔144〕ぬばたまの夜やひと触れし髪洗ふ 坂本宮尾
>>〔143〕蛍火や飯盛女飯を盛る 山口青邨
>>〔142〕あひふれしさみだれ傘の重かりし 中村汀女


関連記事