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ひら/\と猫が乳吞む厄日かな 秋元不死男【季語=厄日(秋)】


ひら/\と猫が乳吞む厄日かな

秋元不死男


今日は二百十日。立春から数えて二百十日目だ。二百十日は9月に入ってからということが多いのだが、今年は暦の関係で8月末日となった。

この日は暴風雨の襲来が多い日とされて怖れられてきたが、統計的にみればそのような特異日ではないらしい。しかし、このあたりに台風の襲来が多いのは確かなので、ひとつのシンボルとして設定されてきたのだろう。「にひゃくとおか」「にひゃくはつか」という語呂も良かったのかもしれない。

 ひら/\と猫が乳吞む厄日かな

我が家の牛舎にも猫が2.1匹ほどいる。なぜ半端な数なのかというと、常時いるのは2匹だが、10日のうち1日くらいの割で姿を見せる猫が1匹いるからだ。いつも見る2匹も、厳密に言えば飼い猫というわけではなく、いつの間にかどこからかやってきて、勝手に住み着いているだけなのだが。

今いる猫はそんなに執着しないが、以前住み着いていた猫は牛乳が好きで、搾乳中ずっと牛乳をくれるのを待っていた。現代の搾乳は機械で行われ、搾られた乳は設置してあるパイプラインを通って、貯乳タンク(バルククーラー)へと自動的に送られていく仕組みになっている。しかし薬剤投与中などで出荷できない乳は、別に持ち運びできる搾乳機(バケットミルカー)で搾って廃棄していて、猫はこの廃棄乳のおこぼれをもらうために傍に待機しているのである。

猫は、人間がバケットミルカーを持ったとたんに近くに寄ってきて、搾り終わるまでじっと待っている。そして容器に乳を入れてもらうと、舌をひらひらさせながら無心に飲む。外には暴風が近づいてきたのか、ときおり木の大枝が大きく揺れる。そんな不穏な空気の中、猫の舌はひたすらひらひらと小さく忙しく動くのである。

カラー図説日本大歳時記」所収。

鈴木牛後


🍀 🍀 🍀 季語「厄日」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔47〕本捨つる吾に秋天ありにけり    渡部州麻子
>>〔46〕鳥けもの草木を言へり敗戦日     藤谷和子
>>〔45〕きりぎりす飼ふは死を飼ふ業ならむ   齋藤玄
>>〔44〕東京の白き夜空や夏の果       清水右子
>>〔43〕森の秀は雲と睦めり花サビタ        林翔
>>〔42〕麦真青電柱脚を失へる       土岐錬太郎
>>〔41〕農薬の粉溶け残る大西日       井上さち
>>〔40〕乾草は愚かに揺るる恋か狐か     中村苑子
>>〔39〕刈草高く積み軍艦が見えなくなる  鴻巣又四郎
>>〔38〕青嵐神木もまた育ちゆく      遠藤由樹子
>>〔37〕夫いつか踊子草に跪く       都築まとむ
>>〔36〕でで虫の繰り出す肉に遅れをとる   飯島晴子
>>〔35〕干されたるシーツ帆となる五月晴    金子敦
>>〔34〕郭公や何処までゆかば人に逢はむ   臼田亜浪
>>〔33〕日が照つて厩出し前の草のいろ   鷲谷七菜子
>>〔32〕空のいろ水のいろ蝦夷延胡索     斎藤信義
>>〔31〕一臓器とも耕人の皺の首       谷口智行
>>〔30〕帰農記にうかと木の芽の黄を忘ず   細谷源二
>>〔29〕他人とは自分のひとり残る雪     杉浦圭祐
>>〔28〕木の根明く仔牛らに灯のひとつづつ  陽美保子
>>〔27〕彫り了へし墓抱き起す猫柳     久保田哲子
>>〔26〕雪解川暮らしの裏を流れけり     太田土男
>>〔25〕鉄橋を決意としたる雪解川      松山足羽
>>〔24〕つちふるや自動音声あかるくて  神楽坂リンダ
>>〔23〕取り除く土の山なす朧かな     駒木根淳子
>>〔22〕引越の最後に子猫仕舞ひけり      未来羽
>>〔21〕昼酒に喉焼く天皇誕生日       石川桂郎

>>〔20〕昨日より今日明るしと雪を掻く    木村敏男
>>〔19〕流氷は嘶きをもて迎ふべし      青山茂根
>>〔18〕節分の鬼に金棒てふ菓子も     後藤比奈夫
>>〔17〕ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く    かくた
>>〔16〕しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫
>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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