ふるさとのあすは八十八夜かな 保田ゆり女【季語=八十八夜(春)】

ふるさとのあすは八十八夜かな

保田ゆり女

「八十八夜」だけが漢字で、あとはすべてひらがなで書かれています。
その柔らかさの中に、どこかもの悲しさが滲んでいるように感じました。

とくに「あすは」という言葉が印象に残ります。
まだ来ていない八十八夜が、すでに少し遠いもののようにも感じられます。

ふるさとに身を置いて迎える節目というよりも、思い出の中で近づいてくる八十八夜。
その距離が、この句の淡さを作っているように思いました。
ふるさとで暮らしていた頃の作者にとって、八十八夜は、もしかしたら大事な節目だったのかもしれません。
だからこそ、この句の「あす」は、淡く手の届かない光のように感じられました。

『ホトトギス新歳時記 稲畑汀子 編』 所収

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




【菅谷糸のバックナンバー】
>>〔1〕ありのみの一糸まとはぬ甘さかな 松村史基
>>〔2〕目の合へば笑み返しけり秋の蛇 笹尾清一路
>>〔3〕月天心夜空を軽くしてをりぬ 涌羅由美
>>〔4〕ひさびさの雨に上向き草の花 荒井桂子
>>〔5〕破蓮泥の匂ひの生き生きと 奥村里
>>〔6〕皆出かけスポーツの日の大あくび 葛原由起
>>〔7〕語らざる墓標語らひ合う小鳥 酒井湧水
>>〔8〕焼米を家苞にして膝栗毛 松藤素子
>>〔9〕紅葉且散る街中を縫ふやうに 椋麻里子
>>〔10〕冬日和明るき影を作る石 岸田祐子
>>〔11〕階の軋む古城や冬紅葉 鳴戸まり子
>>〔12〕市ヶ谷に消えぬ幻影憂国忌 吉岡簫子
>>〔13〕醸されし店に惹かれて買ふ酢茎 荒川裕紀
>>〔14〕全身で枯木となつてゆく力 進藤剛至
>>〔15〕空風の中飼ひ猫の戻り来し 伊東法子
>>〔16〕鳴声が足音が消え竈猫 塚本武州
>>〔17〕荒波の海を削りし捕鯨船 青園直美
>>〔18〕言の葉の形のやうな息白し 藏本翔
>>〔19〕闇天に返して果てしお山焼 池末朱実
>>〔20〕左義長や裏の林の闇深し 田中利絵
>>〔21〕蹲の暗き水底寒の雨 中村恵美
>>〔22〕橇走る大地を削る音鳴らし 野末トヨ
>>〔23〕絵踏する女こつちを見てをりぬ 阪西敦子
>>〔24〕踏絵してよりもの言はぬ人となり 藤井啓子
>>〔25〕海の日を遠くに踏絵ありにけり 山下しげ人
>>〔26〕グレゴリアンチャント絵踏の頃をふと 稲畑廣太郎
>>〔27〕若布刈舟磯の香りも引き揚げて 児嶋貴和
>>〔28〕重さうに垂れ春昼の象の鼻 高浜礼子
>>〔29〕暖かや舌に転がす一行詩 稲畑廣太郎
>>〔30〕骰子の一の目赤し春の山 波多野爽波
>>〔31〕遠景の野に失ひし鼓草 稲畑汀子
>>〔32〕春の雨鳩の背中にぽつと跳ね 上野章子
>>〔33〕桜蘂降り敷く墓に眠りけり 小川みゆき
>>〔34〕大根の花供へある仏かな 為成菖蒲園

関連記事