片影にこぼれし塩の点々たり 大野林火【季語=片影】

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片影にこぼれし塩の点々たり

大野林火
(『勤労俳句の鑑賞』1946年)


だいぶ前のことになったが、Webマガジン「週刊俳句」に不定期の連載で「近代俳句の周縁」という記事を書かせてもらっていたことがあった。近代俳句の、いまや歴史の中に埋もれてしまった様々な俳書を掘り下げる試みなのだけど、その中の一冊がこの『勤労俳句の鑑賞』。タイトルからしてなんじゃそれは、「勤労俳句」なんて初耳だが、となる本である。もし興味を持たれた方は、そちらの記事を読んで下さるとありがたい。

さて、同書は多くの俳人としては無名の人々の日常を詠んだ「勤労俳句」が掲載されているのだけれども、時々ふいに名のある俳人の句がでてくる。掲句はその中の一句。「農魂と工魂と」というタイトルのついた章で、四人いる編者の中で臼田亜浪の担当である。この「農魂」とか「工魂」とかいう言葉も初めて聞いた言葉で、なんだか無理矢理なまとめ方をされている気がするのだが、章題を抜きにしてこの句からそのような勤労の魂を読むことは可能だろうか? 袋が破れていたかなにかで、リヤカーで塩を運ぶ労働者のこぼした塩が、夏の影の黒の中に白く点々としてある、というくらいの景を描いたものとして映像を浮かべてみればそれなりに鮮やかな光の対比がなされてはいて、そこがこの句の眼目かと思われるのだけれど、そこに勤労感はかけらもないのではないか。まあ、勤労の痕跡、とは言えるかもしれないけれども。あるいはこんな風に、句の面白さと本の編集のコンセプトがどうにもずれてしまっているところに、マニアックな読みの楽しみを見いだせるのかもしれない。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】
>>〔44〕もろ手入れ西瓜提灯ともしけり   大橋櫻坡子
>>〔43〕美しき緑走れり夏料理        星野立子
>>〔42〕遊女屋のあな高座敷星まつり     中村汀女
>>〔41〕のこるたなごころ白桃一つ置く   小川双々子
>>〔40〕海女ひとり潜づく山浦雲の峰     井本農一
>>〔39〕太宰忌や誰が喀啖の青みどろ    堀井春一郎
>>〔38〕草田男やよもだ志向もところてん    村上護
>>〔37〕水底を涼しき風のわたるなり     会津八一
>>〔36〕棕梠の葉に高き雨垂れ青峰忌    秋元不死男
>>〔35〕谺して山ほととぎすほしいまゝ    杉田久女
>>〔34〕夕立や野に二筋の水柱       広江八重桜
>>〔33〕雲の上に綾蝶舞い雷鳴す      石牟礼道子
>>〔32〕尺蠖の己れの宙を疑はず       飯島晴子
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>>〔30〕産みたての卵や一つ大新緑      橋本夢道
>>〔29〕非常口に緑の男いつも逃げ     田川飛旅子
>>〔28〕おにはにはにはにはとりがゐるはるは  大畑等
>>〔27〕鳥の巣に鳥が入つてゆくところ   波多野爽波
>>〔26〕花の影寝まじ未来が恐しき      小林一茶
>>〔25〕海松かゝるつなみのあとの木立かな  正岡子規
>>〔24〕白梅や天没地没虚空没        永田耕衣
>>〔23〕隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな  加藤楸邨
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>>〔20〕ふゆの春卵をのぞくひかりかな    夏目成美
>>〔19〕オリヲンの真下春立つ雪の宿     前田普羅
>>〔18〕同じ事を二本のレール思はざる    阿部青鞋 
>>〔17〕死なさじと肩つかまるゝ氷の下    寺田京子
>>〔16〕初場所や昔しこ名に寒玉子     百合山羽公
>>〔15〕土器に浸みゆく神酒や初詣      高浜年尾
>>〔14〕大年の夜に入る多摩の流れかな   飯田龍太
>>〔13〕柊を幸多かれと飾りけり       夏目漱石
>>〔12〕杖上げて枯野の雲を縦に裂く     西東三鬼
>>〔11〕波冴ゆる流木立たん立たんとす    山口草堂
>>〔10〕はやり風邪下着上着と骨で立つ    村井和一
>>〔9〕水鳥の夕日に染まるとき鳴けり    林原耒井
>>〔8〕山茶花の弁流れ来る坂路かな     横光利一
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>>〔6〕紅葉の色きはまりて風を絶つ     中川宋淵
>>〔5〕をぎはらにあした花咲きみな殺し   塚本邦雄
>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
>>〔3〕大いなる梵字のもつれ穴まどひ     竹中宏
>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ     長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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