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土器に浸みゆく神酒や初詣 高浜年尾【季語=初詣(新年)】


土器に浸みゆく神酒や初詣

高浜年尾
(「年尾句集」昭和32年 新樹社)

昭和11年の作。そのころ年尾は芦屋住まいのはずであるから、その辺りの神社に詣でた折のものか。土器は「どき」ではなく「かはらけ」。ここでは素焼きの杯を言う。素焼きだから、濡れれば水分を吸って色が変わる。いうまでもなく、縄文土器も埴輪も土偶も素焼きであり、この「土器」ひとつによって、たちまち古の日本に世界が直結しはじめるのが面白い。神酒も濁り酒が相応しいように思う。

兼好「徒然草」の第215段には、平(大仏)宣時が若い頃、時の権力者であった北条時頼に呼び出されたときの思い出を語る話がでてくる。夜に急いでくるように言われて服装を整える間もなく何事かと思って行くと、時頼がお銚子と土器をもってきて、一人で飲むのがつまらないから呼んだ(この酒を独りたうべんがさうざうしければ申しつるなり)と言い、みんな寝ちゃったんだけど、なんかあると思うから絶対つまみ探してきて(肴こそなけれ人は静まりぬらむさりぬべき物やあるといづくまでも求め給へ)と軽いパワハラをする。宣時が台所の小土器に味噌がちょっと付いているのをみつけてくると、「充分じゃん」と言って杯を重ね、良い気分になった(事足りなんとて心よく数献に及びて興に入られ侍りき)。という。ただそれだけの話なのだけれど、ずいぶん昔この話を読んだ時、この小土器の味噌がなんだかえらくうまそうなものに感じられた。ここでの土器は、そのころの鎌倉武士というのはえらく質素な生活をしていたものだな、と思わされる小道具としてよく効いている。虚子と違って年尾は鎌倉に縁が濃いとは言いがたいけれども、この鎌倉武士の話を知っていたか、いなかったか。

話は変わる。土器と違って、「初詣」という季語の歴史は浅い。近世に例句はなく、明治にもほぼない。角川「図説大歳時記 新年」(1973年)の「考証」には、「「俳諧例句新撰歳事記」(明治四一)に「大人びて着こなしも言ひき初詣 小野白雲楼」の句を所出。」とあり、ほぼ同様の解説文が講談社「カラー版日本大歳時記 新年」(1981年)にもある(ということは山本建吉「基本季語五〇〇選」も同様)のであるが、これらは誤りである。ついでにダメを押せば、講談社および山本建吉は「俳諧例句新撰歳時記」という誤植のおまけ付きである。筆者の架蔵する「俳諧例句新撰歳事記」は明治42年3月刊の再版だが、この例句が載っていない。つまり後年増補改定された時に載ったものを初版から載っていたと勘違いしたものと推定される。だから正確には、同歳事記にこの例句が載ってはいるのだろうが、それは明治41年12月刊の初版および翌年3月の再版よりも後の話のはずである。このあたり、初版と増補改訂版が見られなければ確認のしようはない。書物は初版の刊行年を記す慣例になっている以上、恐ろしいことにこのような初出年の誤りは掘ればたくさんでてくる可能性がある。歳時記における季語や例句の初出の考証はこの困難と向き合わねばならないし、もしかすると、もう増補の経過を確認できない歳時記類が少なくないかも知れない。今のうちにどこかの出版社で近代季語とその例句の初出をまとめ解説した本を企画してくれないものであろうか(実は過去にそのような企画はあったが残念ながら途中で頓挫した。その出版社はすでにない)。

「初詣」に話をもどそう。この語はどうやら明治年間に多用されだしたようで、生活の近代化とともに人の行動様式が変化したことの反映とみるべきだろう。要はそれ以前に様々な個別の呼称(季語)があった新年の神社仏閣に参る行事をまるっと束ねた用語と思えばよい。そのあたり、「カラー版日本大歳時記 新年」では、歴史学者の西垣清次が「初詣にみる三つの様式」という四ページにわたる長文解説を書いており、より知識を得たい人はこの記事を参照されると良いと思う。 

橋本直


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。



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