はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな京極杞陽【季語＝蜥蜴（夏）】

ハイクノミカタ

はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな京極杞陽【季語＝蜥蜴（夏）】

2022/6/17
ハイクノミカタ, 阪西敦子
1908年生まれ, 1981年没, 「ホトトギス」, かな, すぎる, たり, 京極杞陽, 夏の季語, 止まる, 蜥蜴, 走る

はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな

京極杞陽(きょうごく・きよう)

ぐったり、ぐったりです、梅雨で。一日生きると、一日ぐったりなこの頃。

というわけで、先週のストロングスタイルな日原方舟のあとは、殿のおおどかさに包まれることとしましょう。

はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな

みなさま、お馴染みの（そして最近、『京極杞陽の百句』（ふらんす堂）も出ました）、豊岡城主・京極杞陽。として、読み進めば、「そないに走りなさんなよ」と聞こえてくるようだ（杞陽が関西イントネーションであったかはあんまりよく調べていない）。しかし、リアル杞陽はイメージよりもずっと複雑な視点を持っていて、「はしりすぎ」のあとには「とまりすぎ」がやってくる。

「とまりすぎ」という言い方は、「ちょっと、〇〇過ぎ～」という親しい間での批判めいた言い方があるけれど、通常「〇〇過ぎ」は動的なことに使われて、行き過ぎ、食べ過ぎ、寝過ぎ（寝るが動的かはさておき行動だ）、笑い過ぎと、いずれも停滞することについては使われない。とまりすぎとは、動的とは言えないけれど、受け身な静止ではなく、意識的、積極的なこととして描かれているといっていいだろう。

言われてみれば、一走りした後の蜥蜴の静止は、惰性などなくて、ぴたりとその場に伏すようだ。そう思えば、この奇妙な「とまりすぎ」は、まさに的確な描写であることがわかる。

一方で、流されるような怠惰な停止を描いた句にはこんなものも。

疲れしといふフランス語薔薇の花

“Je suis fatiguée“

発音をすれば「私」を表す最初の単語は空気が漏れる音くらいにしか響かず、全体を通して母音は後退してしまったかのように唱える。それは、まさに押し出させるように開く薔薇の花のようでもあって。

週末は止まりすぎてみるのも一計かと。

『但馬住』

（阪西敦子）

【執筆者プロフィール】
阪西敦子（さかにし・あつこ）
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

＞＞〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る　　　　　日原方舟
＞＞〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり　　千原草之
＞＞〔87〕おやすみ
＞＞〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな　　　久保より江
＞＞〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな　　　　　石田雨圃子
＞＞〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと　　　　高田風人子
＞＞〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり　　　久保ゐの吉
＞＞〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵　　　松尾いはほ
＞＞〔81〕纐纈の大座布団や春の宵　　　　　　真下喜太郎