ハイクノミカタ

夾竹桃くらくなるまで語りけり 赤星水竹居【季語=夾竹桃(夏)】


夾竹桃くらくなるまで語りけり

赤星水竹居(あかほし・すいちくきょ)


やれやれ、夏至が過ぎちゃって、その代わりのように解除された何某によって、少しは状況が変わるのかなと思いきや、そんなに何も変わらず、ただただ感染者数だけが回復(?)している東京。ただでさえ、一年の内で一番何とも言えない数週間。前の休みのパワーは切れ、梅雨でぱっとせず、日も短くなってきちゃって、次の休みまでまだ遠い。せめて雨を見ながら飲もうと思えば、八時には帰らなきゃいけなくて、そんなさえない金曜ですよ。

八時までなんて、ろくに話もできないよ、ってわけじゃないけど、何かふと目に入った水竹居の句。水竹居といえば、数年前までホトトギス社がその事務所を置いていた某ビルの大家であるX菱地所の社長であり、虚子の言葉を集めた『虚子俳話録』の聞き手でもある。聞き手と言いながら、なんとなく斡旋の見える質問や、虚子の口ぶりによるものだろうか、どうも❛がはは❜な人物が浮かんでいたのだけれど、この句は一見そうでもない。

日は落ちて、一日で散る花は散り、しぼむ花はしぼみ、それでも残る夾竹桃。この花には、毒があるという。一方で、生命力が強く、先日訪ねた工場街でも、道々に夾竹桃が咲いていた。うまくは言えないけれど、毒があるということと、生命力が強いことは、生物学的にも何か関係があるのではないだろうか。

花期の永い夾竹桃のこと、いつとははっきり言えないけれど、概ねそれは日が永い季節。「くらくなるまで」とは、あっという間ということをいうのではなく、かなり永くにわたってということを表す。

日が暮れても街は明るく、交通はいつまでも通り、電話でもネットでもいつまでも話していられる現代と違って、この句のできた頃はもう少し特別なことだったのかもしれない。

常識的には話は明るいうちに切り上げるもの、やめがたい何かがあって続いてしまった話が終わると、あたりが暗くなっていた。そんなことかもしれない。

ついつい、どうも水竹居に引っかかりのある私は、このあたりで、「虚子先生と一緒だった感じ、出しちゃってさ」とか、「夾竹桃と水竹居なんて、自分の名前の文字を入れて喜んでるに違いない」などと邪推してしまうのだけれど、結局、果たしてこれもそう考えると、特に邪推でもなくて、水竹居の決して静かではない、その人らしい句なのかもしれない。

「ところがややもすると、理屈や説明やお説教じみたことまでが躍り出勝ちになってくるのがいけません」とは、虚子が水竹居に対して言った言葉とされている。もちろん、書いているのは水竹居。このたしなめられたところまでを得意気な水竹居、やっぱりあまり会いたい人ではない。

それにしても、今、東京は、暗くなるまで語り合うということもままならない。まあ、別に語り合うくらいいいのだろうけれど、妙に目立つし、何もなく話し続けるのも興が載らない。特段何の理由もなく、特別誰ということもなく、今日居合わせた人とでも、暗くなるまで話せるところが、この街の暗くなるまでの語り合い方なのに。

ただ、そのおかげでこの句が持っていた、特別感や昂りは、改めて味わえるようになったのかもしれない。これがなければ、水竹居を静謐な一面もある人として、見直してしまうところであった。

さあ、これを書き終わったら、まだ空いているスーパーに行って、書いている間中、飲みたかったあのビールでも買いに行きますか。

『ホトトギス同人句集』(1938年)所収

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 炎天を山梨にいま来てをりて 千原草之【季語=炎天(夏)】
  2. 向日葵をつよく彩る色は黒 京極杞陽【季語=向日葵(夏)】
  3. 秋淋し人の声音のサキソホン 杉本零【季語=秋淋し(秋)】
  4. とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな 松本たかし【季語=焚火(冬)】
  5. 恋の刻急げ アリスの兎もぐもぐもぐ 中村憲子【季語=兎(冬)】
  6. 秋の川真白な石を拾ひけり 夏目漱石【季語=秋の川(秋)】
  7. あたゝかき十一月もすみにけり 中村草田男【季語=十一月(冬)】
  8. プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷【季語=夏来る(夏)】…

おすすめ記事

  1. 川を見るバナナの皮は手より落ち 高濱虚子【季語=バナナ(夏)】
  2. 【冬の季語】セーター
  3. 茅舎忌の猛暑ひきずり草田男忌 竹中宏【季語=草田男忌(夏)】
  4. をぎはらにあした花咲きみな殺し 塚本邦雄【季語=荻(秋)】
  5. 神保町に銀漢亭があったころ【第106回】後藤章
  6. 【冬の季語】息白し
  7. 【新年の季語】俎始
  8. 【冬の季語】室咲
  9. 浅春の岸辺は龍の匂ひせる 対中いずみ【季語=亀浅春(春)】
  10. 【夏の季語】ごきぶり

Pickup記事

  1. 父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二【季語=夏の月(夏)】 
  2. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#14
  3. 逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子【季語=草紅葉(秋)】
  4. 吊皮のしづかな拳梅雨に入る 村上鞆彦【季語=梅雨に入る(夏)】
  5. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年12月分】
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第49回】岸本尚毅
  7. 【夏の季語】梅雨に入る
  8. 十二月うしろの正面山の神 成田千空【季語=十二月(冬)】
  9. 卯月野にうすき枕を並べけり 飯島晴子【季語=卯月(夏)】
  10. 【夏の季語】小満
PAGE TOP