土のこと水のこと聞き苗を買ふ渡部有紀子【季語＝苗を買ふ（春）】

ハイクノミカタ

土のこと水のこと聞き苗を買ふ　渡部有紀子【季語＝苗を買ふ（春）】

2024/4/27
ハイクノミカタ, 吉田林檎
1979年生まれ, 「天為」, こと, の, のこと, を, 土, 水, 渡部有紀子, 聞く, 苗, 苗を買う, 解き放たれる, 買う

土のこと水のこと聞き苗を買ふ

渡部有紀子

新入社員へのレクチャー。自分としては聞き手に専門知識がないことを想定して組み立てるが、それでも「この前提を話しておかなければならなかったか！」ということになるのは珍しいことではない。

とある年、新入社員への業務の説明がひとしきり完了したと思ったところで「◯◯の歴史についてレクチャーしてもらえませんか？」と一人が声をかけてくれた。知らなくても業務は進められるようなことだったが、背景を知っていた方が納得して取り組めるし覚えやすい。

それを機に2度ほど開催。自分の中でも記憶の整理が出来て良い時間だった。

長く勤めているとあるルールが決まった理由を知っていてもだんだん記憶が薄れていき、時にはそれが謎ルールとして残ってしまう。新入社員や引き継ぎのレクチャーはその呼び起こしに有用だ。

会社の歴史は人の歴史でもある。質問はした側の身になることはもちろんだが、質問される方にとっても有益なのだ。

ただ、的を射た質問をするには聞く力が必要。何でも片っ端から聞けば良いというものではない。例えば、何月何日何時にどこに集合、というのが決まって次の話になってから「日時と場所はどうしますか？」などと言い出す例は珍しくない。

土のこと水のこと聞き苗を買ふ

苗を買う時に質問するとしたら鉢の大きさ、地植えなら好ましい環境、肥料、水をやるペースや量といったところか。

これから苗を育てていく上で聞くことはいくらでもありそうだが、大概は土のことと水のことに集約される。さりげない表現だが例えば「あれこれと聞いて」ではあまりにもぼんやりとした内容になってしまっていたところだ。

一義的には栽培方法ととるべきだが、そこから発展して「土とは何か」「どんな水が何に作用するか」など深掘りしてくれることもあるだろう。それも質問力次第である。

苗木市の句ではあるが人間のよく見えてくる句である。内容が具体的なので息遣いや声まで聞こえてくるようだ。

さて、冒頭の話。質問への回答がレクチャーだけとは限らない。ヒントだけ、あるいは何も答えないという選択肢もあるだろう。習うより慣れよ（辞書には「慣れろ」ではなく「慣れよ」で載っている）。しかし昨今の新入社員世代からはレクチャーが喜ばれている…というのは気のせい？

『山羊の乳』（2022年刊）所収。

（吉田林檎）

【執筆者プロフィール】
吉田林檎（よしだ・りんご）
昭和46年（1971）東京生まれ。平成20年（2008）に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年（2010）「知音」入会。平成25年（2013）「知音」同人、平成27年（2015）第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年（2016）第5回青炎賞（「知音」新人賞）を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』（ふらんす堂、2019年）。

【吉田林檎さんの句集『スカラ座』（ふらんす堂、2019年）はこちら ↓】