ハイクノミカタ

花散るや金輪際のそこひまで 池田瑠那【季語=花散る(春)】


散るや金輪際のそこひまで

池田瑠那

映画やテレビの世界では間断なくタイムトラベルが行われている。もはや突飛な発想とは言い難い「あるある」な設定だ。

そうした作品に出会うたび、過去に戻って自分に忠告できるとしたら?別の選択をしたら?と考えるが、頑固者の私はきっと聞き入れず、やはり同じ愚かな選択をしてしまうと思われ、ゆえに今が最高なのだという結論に至る。

人生で迷った時は原点に戻るに限る。自分で迷っている意識がなくても過去の自分の俳句や文章に出会い、原点を見失っていたことに気づくことがある。過去の自分が現在の自分を励ますことがある。そのためにも俳句は作る価値がある。

花散るや金輪際のそこひまで

句集の第一章「黒曜石」に入っているので平成16年春から平成21年冬までのどこかで作られた句である。編年体だとすると平成18年の作か。作者が伴侶との悲しい別れに遭ったという背景を知っていると追悼句にも見えるが、その別れは平成29年のこと。

「金輪際」は仏教の世界観。それによると宇宙は虚空に浮かぶ「風輪」という気体の層の上に「水輪」「金輪」という層があり、その「金輪」の上に我々の住む海や大地がある。金輪と水輪の境界が「金輪際」。金輪の最下底を指すことから転じて物事の極限をさすようになった。

もとを辿れば最下底を差す言葉なので、言い換えれば最下底の底(そこひ)ということになる。最下底の底。谷底よりも深い。この世にあるどんなものよりも深く、現世を生きる者には心の中にしかその場所は存在しない。それほど奥深くまで桜は悠々と散っていく。この世とあの世をひらひらと越えていくのだ。

  君よ余花に喪服のわれをいかに見る 瑠那

  我よりの賀状も君が遺品なる

悲しみとしっかり向き合い、句集の締めの一句には生きる意欲が現れている。

  ふつふつと馬肉煮ゆるや夏の月

飾らない、チャーミングな姿勢。その後の彼女の活躍はこの時の意欲が本物であったことを証明している。

『金輪際』(2018年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
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>>〔95〕春雷の一喝父の忌なりけり 太田壽子
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>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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