ハイクノミカタ

破門状書いて破れば時雨かな 詠み人知らず【季語=時雨(冬)】


破門状書いて破れば時雨かな

詠み人知らず

 レターセットはだいたい封筒が余る。便箋の方が必ず多く入っているのだが、同時に使い終るのは奇跡的なことだ。なぜならほぼ毎回書き損じてしまうから。書き損じを防ぐため、特に大事な手紙は下書きをしてから便箋に書き写すようにしている。それでも誤字脱字は発生する。一番多いのは、書きながら脳裏を過ぎったキーワードの漢字を書いてしまうこと。なんで脳裏を過ぎるの!あとは、2文字の漢字をミックスしてしまうこと。自分の名前を間違えたこともある。便箋一枚の手紙だとしても、それを完成させるまでにはたくさんの手間暇がかかっているのだ。

 メールにもそれなりの難しさがある。宛先をどこまでいれるのか、「様」なのか「さま」なのか「さん」なのか、返信にも分厚い署名を入れるのか、ファイルを添付するかダウンロードサイトのリンクを貼るか。そういったことを一瞬のうちに処理しているが、「なんでこの人宛先に入れてるんだっけ?」と疑問を抱くことも時には必要である。手紙には、そういう心配がない。

破門状書いて破れば時雨かな

 破門状とはただごとではない。落語家の破門は聞いたことがあるが、本人もネタにしていたりするし、きっと破門状までは出していないだろう。では?と「破門状」で検索してみた方。そう、それが答えです。

 八九三の組長が子分を破門にする。そちらの世界のことはフィクションでしか知らないのだが、推測するに尋常な絆ではないはずである。親子以上のものを感じている人もいるだろう。時には命をかけて守ってきたその繋がりを断つ一通の手紙。破門の理由を書き連ねているうちに「いや、この件は許すか?」「この時はひどかったから強い言い回しにしよう」などと逡巡しているうちに、ついには破ってしまった。破門は決っているのだからまた一から書き直しだ…。外は雨。さっきはそんな気配なかったのに。きっとこれも時雨だろう。おい、雨雲よ。お前も迷っているのか?

 破門状を書く人に心情を重ねたらフィクションな口調になってしまった!任侠、破門と物騒な言葉に引っ張られて紋切り型の人物像しか浮かんでいないまま読み進むと、最後に「時雨かな」。わが詩心を見事に撃ち抜かれました。

 任侠の世界を生きる方の句ゆえ詠み人知らずとなっている。命を張っている人にしか表現できないこと。その世界を肯定するつもりではないが、境涯俳句いいなぁとぼんやり考えつつこんな句に出会うと、とうてい太刀打ちできないことを思い知らされるのである。太刀打ちしないけど。

『任侠俳句―八九三の五七五』(2023年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔79〕日記買ふよく働いて肥満して 西川火尖
>>〔78〕しかと押し朱肉あかあか冬日和 中村ひろ子(かりん)
>>〔77〕命より一日大事冬日和 正木ゆう子
>>〔76〕冬の水突つつく指を映しけり 千葉皓史
>>〔75〕花八つ手鍵かけしより夜の家 友岡子郷
>>〔74〕蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日 涼野海音
>>〔73〕貝殻の内側光る秋思かな 山西雅子
>>〔72〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子
>>〔71〕天高し鞄に辞書のかたくある 越智友亮
>>〔70〕また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二
>>〔69〕「十六夜ネ」といった女と別れけり 永六輔
>>〔68〕手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦 益岡茱萸
>>〔67〕敬老の日のどの席に座らうか 吉田松籟
>>〔66〕秋鯖や上司罵るために酔ふ 草間時彦
>>〔65〕さわやかにおのが濁りをぬけし鯉 皆吉爽雨
>>〔64〕いちじくはジャムにあなたは元カレに 塩見恵介
>>〔63〕はるかよりはるかへ蜩のひびく 夏井いつき
>>〔62〕寝室にねむりの匂ひ稲の花  鈴木光影
>>〔61〕おほぞらを剝ぎ落したる夕立かな 櫛部天思
>>〔60〕水面に閉ぢ込められてゐる金魚 茅根知子
>>〔59〕腕まくりして女房のかき氷 柳家小三治
>>〔58〕観音か聖母か岬の南風に立ち 橋本榮治
>>〔57〕ふところに四万六千日の風  深見けん二
>>〔56〕祭笛吹くとき男佳かりける   橋本多佳子
>>〔55〕昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり 伊藤麻美
>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
>>〔53〕雷をおそれぬ者はおろかなり    良寛
>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
>>〔50〕青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ   河野南畦
>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
>>〔48〕逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花 中西夕紀
>>〔47〕春の言葉おぼえて体おもくなる  小田島渚
>>〔46〕つばめつばめ泥が好きなる燕かな 細見綾子
>>〔45〕鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫
>>〔44〕まだ固き教科書めくる桜かな  黒澤麻生子
>>〔43〕後輩のデートに出会ふ四月馬鹿  杉原祐之
>>〔42〕春の夜のエプロンをとるしぐさ哉 小沢昭一
>>〔41〕赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
>>〔40〕結婚は夢の続きやひな祭り    夏目雅子
>>〔39〕ライターを囲ふ手のひら水温む  斉藤志歩
>>〔38〕薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋
>>〔37〕男衆の聲弾み雪囲ひ解く    入船亭扇辰
>>〔36〕春立つと拭ふ地球儀みづいろに  山口青邨
>>〔35〕あまり寒く笑へば妻もわらふなり 石川桂郎
>>〔34〕冬ざれや父の時計を巻き戻し   井越芳子
>>〔33〕皹といふいたさうな言葉かな   富安風生
>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
>>〔31〕初島へ大つごもりの水脈を引く   星野椿
>>〔30〕禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ
>>〔29〕時雨るるや新幹線の長きかほ  津川絵理子
>>〔28〕冬ざれや石それぞれの面構へ   若井新一
>>〔27〕影ひとつくださいといふ雪女  恩田侑布子
>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
>>〔23〕菊人形たましひのなき匂かな   渡辺水巴
>>〔22〕つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠
>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
>>〔20〕遅れ着く小さな駅や天の川    髙田正子
>>〔19〕秋淋し人の声音のサキソホン    杉本零
>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 「ぺットでいいの」林檎が好きで泣き虫で 楠本憲吉【季語=林檎(…
  2. 着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる 吉田穂津【季語=着ぶくれ(冬)…
  3. 海の日の海より月の上りけり 片山由美子【季語=海の日(夏)】
  4. 車椅子はもとより淋し十三夜 成瀬正俊【季語=十三夜(秋)】
  5. 卒業の歌コピー機を掠めたる 宮本佳世乃【季語=卒業(春)】
  6. 胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希【季語=冬林檎(冬)】
  7. 露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 攝津幸彦【季語=金魚(夏)】
  8. しろい小さいお面いっぱい一茶のくに 阿部完市

おすすめ記事

  1. 黄金週間屋上に鳥居ひとつ 松本てふこ【季語=黄金週間(夏)】
  2. 【冬の季語】大年
  3. 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(4)
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【6月18日配信分】
  5. 【連載】新しい短歌をさがして【18】服部崇
  6. 九十の恋かや白き曼珠沙華 文挾夫佐恵【季語=曼珠沙華(秋)】
  7. 神保町に銀漢亭があったころ【第119回】木戸敦子
  8. アロハ来て息子の嫁を眺めをり 西村麒麟【季語=アロハ(夏)】
  9. 言葉がわからないので笑うてわかれる露草咲いてゐる 種田山頭火【季語=露草(秋)】
  10. 【書評】三島広志 第1句集『天職』(角川書店、2020年)

Pickup記事

  1. 冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ 川崎展宏【季語=冬(冬)】
  2. 冬の水突つつく指を映しけり 千葉皓史【季語=冬の水(冬)】
  3. 【春の季語】四月
  4. 春立つと拭ふ地球儀みづいろに 山口青邨【季語=春立つ(春)】
  5. 神保町に銀漢亭があったころ【第15回】屋内修一
  6. 【冬の季語】十二月
  7. 【書評】太田うさぎ『また明日』(左右社、2020年)
  8. 【特別寄稿】「写生」──《メドゥーサ》の「驚き」 岡田一実
  9. ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く かくた【季語=吹雪(冬)】
  10. 彫り了へし墓抱き起す猫柳 久保田哲子【季語=猫柳(春)】
PAGE TOP