雪の速さで降りてゆくエレベーター正木ゆう子【季語＝雪（冬）】

ハイクノミカタ

雪の速さで降りてゆくエレベーター　正木ゆう子【季語＝雪（冬）】

2023/11/23
ハイクノミカタ, マンスリーゲスト
1952年生まれ, 「沖」, 「秋草」, 「紫薇」, 「里」, て, てゆく, で, の, ゆく, エレベーター, 冬の季語, 正木ゆう子, 速さ, 野名紅里, 降りる, 雪

雪の速さで降りてゆくエレベーター

正木ゆう子

　エレベーターの降りてゆく速さのことを、意識したことはあるだろうか。掲句ではエレベーターの速さのことが私たちの言葉で、体感で、存分に描かれている。

　数字では分からないことがある。サン=テグジュペリの絵本『星の王子さま』の中で主人公は

「王子さまが実在したというのは、彼がチャーミングで、よく笑ったこと、それにヒツジを探していたことからも明らかだ。なぜってヒツジを欲しがるというのはまちがいなくその人が実在することの証拠だから」

というように話しても大人たちには理解されないという。

「王子さまは小惑星B612から来た」

このような言い方が大人を納得させることができるのだと。そして主人公の語りはこう続く。　

だけど、ぼくたちみたいに生きるということの意味がわかっている者には、数字なんてどうでもいい。本当だったらぼくはこの話をおとぎばなしのように始めたかった。つまりこんな風に―― 「むかしむかし、自分よりほんの少し大きいだけの惑星に住んでいる王子さまがいた。その王子さまは友だちが欲しいと思ったので……」。生きることの意味がわかっている者にはこういう言いかたの方がずっと本当らしく聞こえるだろう。

　同じことで、エレベーターの降りてゆく速さが時速何メートルだと教えられるよりも、雪の速さだと教えられるほうがずっといい。雪の質感。降ってきているはずなのに少し昇っているような、あの柔らかさこそが、エレベーターの速さなのだ。「雪の速さで降りてゆくエレベーター」には本当がある。それは大人を納得させる言葉ではなく、生きるということの意味がわかっている者の言葉で描かれているからに他ならない。　

　雪が降る。それをエレベーターと同じ速さだと思う。こんなふうに世界を見ていたい。雪の速さがエレベーターの速さであることを知っていたい。生きるということの意味を分かっているって、きっとそういうことだ。

（野名紅里）

【執筆者プロフィール】
野名紅里(のな・あかり)
「秋草」会員、「里」同人。第一句集『トルコブルー』。

【野名紅里さんの第一句集はこちら！】

◆著者のことば──好きな色の句集ができてうれしいです。支えてくださったみなさまのおかげです。本当にありがとうございました。これからも俳句を書いていきます。

◆自薦十句
編むやうで解けるやうで夏の川
切実な嘘なら許す柿たわわ
あんなところにからうじてつもる雪
囀の中に鳴かない鳥が居る
眼裏の赤に似てゐる薔薇を探せ
言葉より更に怪しい夜の金魚
椿の実いつかよくなることいくつか
どの秋果に似てゐる心なのだらう
耳当の外より道を聞かれけり
生活の遠くへ風船が昇る