ハイクノミカタ

春愁は人なき都会魚なき海 野見山朱鳥【季語=春愁(春)】


春愁は人なき都会魚なき海)

野見山朱鳥)


 人っ子ひとりいない都会って、SF(すこし・ふしぎ)だと思いませんか。いや、もし実際にそんなところへ放り込まれたら「すこし・ふしぎ」どころか、言いようのない不安や寂しさに駆られて胸がザワザワすることでしょう。

 想像してみてください。建物や道路はそのままなのに、人の姿だけが見当たらない町。しんとして、時間が止まってしまったような町。まるで異世界に迷い込んでしまったような……。あるいは、自分が地上最後の生き残りになって、途方に暮れつつ無人の町を眺めているような……。「春愁」の季語がじんわり効きますね。

 ちなみに、私はいま無人になった箱根とその周辺の風景(というよりも、テレビアニメ『新世紀ヱヴァンゲリヲン』に登場する第3新東京市の風景)を思い浮かべています

 コロナウイルス感染拡大の影響により世界各地で外出制限が敷かれていたときは、「人なき都会」の風景は現実のものとなりました。パンデミックに限った話ではありません。万が一原子力発電所から放射能が漏洩した場合、また、戦争やテロ等で化学兵器が使用された場合、われわれはその町から逃れるほかありません。人間以外の生き物も当然命を脅かされます。「人なき都会魚なき海」は、もののたとえでは済まなくなってきてしまいました。生命の気配がことごとく絶えた陸と海、想像しただけでゾッとしますね。

 言わずと知れたことではありますが、冒頭で述べた「SF(すこし・ふしぎ)」という表現は漫画家の藤子・F・不二雄先生の造語です。F先生といえば『ドラえもん』や『キテレツ大百科』といった子ども向けの漫画のイメージが強いですが、背筋がスウッと寒くなるような大人向けの漫画も数多く発表されています。

 個人的にもっとも強く印象に残っているのは、『カンビュセスの籤』という短編漫画です。未来の世界の終末戦争でただひとり生き残った少女のもとに、遠い過去の世界からひとりの兵士が迷い込んでくるお話です。少女の住む未来の世界では環境が破壊し尽くされ、シェルターの外には不毛の砂漠が広がるのみ。あらすじはウィキペディアに詳しく書かれているので(オチまで書かれていました)、これ以上の説明は控えます。はっきり言って楽しいお話ではありません。「鬱展開」と呼んで差し支えないでしょう。にが~い後味が尾を引きます(それがクセになります)。

 朱鳥の「人なき都会魚なき海」も、F先生の「未来の終末戦争」も、すべて春愁のもたらす「物憂い空想」で済めばよいのですが……。

 藤本の「ハイクノミカタ」コーナー執筆は今回が最後になります。

 五週に渡り、かなり好き放題に書かせていただきました。ここまで読んでくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。「セクト・ポクリット」にかかわるすべての方が自分らしく、楽しく俳句を詠める(読める)よう願っています。

 それではみなさま、お元気で!

(藤本智子)


【執筆者プロフィール】
藤本智子(ふじもと・ともこ)
1990(平成 2)年広島県生まれ。「南風」会員。
第9回龍谷大学青春俳句大賞短大・大学生部門最優秀賞。
第7回・第9回石田波郷新人賞奨励賞。

【藤本智子の自選10句】

封筒にセロハンの窓春兆す

春北風やらつぱ吹く前くち舐めて

夏蝶を裾に遊ばす火山かな

行く夏のガードレールの擦過痕

秋晴や団地の壁のおほきな絵

星月夜製図の肘のよく動く

落葉蹴散らして絶交はれやかに

常夏のごとグラビア誌十二月

水槽の泡の列柱クリスマス

初日待つ塔立つ街の塔の中


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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