賀の客の若きあぐらはよかりけり
能村登四郎
賀客を迎える立場としては、客人が寛いでくれるのが何よりの喜びである、と思う。最初は正座していた若き客人に対し、主人が声を掛ける。
「堅苦しい格好はやめて、そろそろ膝を崩したらどうかね」
「そうですか、それではお言葉に甘えてあぐらを搔かせていただきます」
「そうそう、そうでなくては。ささ、一杯飲りたまえ」
「ありがとうございます。お酒は余り強い方ではないのですが」
「猪口はどれにするかね、たくさんあるから好きなのを選びなさい」
「ではこちらの白い御猪口を」
「いやいや、そんな小さいのじゃなくて、これにしなさい」と言って主人は大振りの備前の猪口を差し出した……。こんなやり取りは古き良き昭和の正月そのものである。
二十年ほど前、筆者が結婚した翌年の正月に妻の実家を訪れた際の一幕。妻とは高校以来十年交際した末の結婚で、当然筆者と義父の付き合いも長かった。義父の真向いにどっかと座り込み、いきなりあぐらを搔けるような自由で打ち解けた関係だった。義父は昭和十六年群馬県生れ。かかあ天下と空っ風の群馬だ。竹を割ったような性格で、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、人生哲学がはっきりしており、シンプルで分かりやすい人だった。
新年の酒を酌み交わしながら義父が、
「あっちゃん(筆者)は、これからどうしたいの?」
「どうしたい?どうしたいってどういうことですか?」
「これからの人生、どうしたいかということだよ」
「……」
当時の筆者は「どうすべきか?」という視点でしか考えたことが無く、急にどうしたいのと聞かれて面食らってしまった。
当時は長引く平成不況の中、どうしたいも糞もない、とにかくやるしかないという体育会系のノリに違和感を覚えながら、それに対する反論も持ち合わせておらず、毎日悶々とした日々が続いていた。
「お義父さんはどうなんですか?」
「俺は今までやりたいようにやって来た。これからも自分のやりたいようにやって、65歳まで生きて死ぬ」
「恰好いいですね」
「いや別に恰好よくなんかないよ。それしか出来ないだけだよ」
そんな義父は67歳で亡くなった。人生の終末を二年延長しただけの潔い一生だった。有言実行。さぞかし楽しい人生だったに違いない。そして義父の最期を看取れたのは筆者の誇りだ。肉親の誰でもなく、他人の筆者の前で逝ったのは、きっと義父がそれを選んだからに違いないからだ。今なら当時の義父の質問にもはっきりと答えられる。
「俳句は僕のライフワークです。どう?なかなか格好いいでしょう、お義父さん。」
掲句は能村登四郎の第八句集『天上華』より抽いた。
(菅 敦)
【執筆者プロフィール】
菅 敦(かん・あつし)
昭和四十六年 千葉県生れ
平成二十年「銀化」入会 中原道夫に師事
平成二十四年 第十三回「銀化」新人賞受賞・同年「銀化」同人
平成二十九年「銀化」副編集長
令和二年 俳人協会第四回新鋭俳句賞準賞 受賞
令和二年 第一句集『仮寓』上梓 俳人協会会員
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