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どつさりと菊着せられて切腹す 仙田洋子【季語=菊(秋)】


どつさりと菊着せられて切腹す)

仙田洋子


秋の花で一番に思い浮かべるのは、日本の国花のひとつでもある菊であろうか。なお菊のことは2021年9月10日付けのセポクリ歳時記に詳しく書かれているので御一読を。私の場合、菊と言って脳裏に浮かぶのは、その昔作句をかねて見に行った豪華絢爛に着飾った菊人形である。

私が最初に見たのは、福岡市の西鉄香椎花園(老朽化もあるが、コロナによる入園者減により今年12月30日で閉園。こんな所にもコロナ禍が及んでいる。)でやっていた菊人形展である。ここではかなりの数の菊人形があったと思うのだが、その内の主役の一体は、たっぷりと菊の花を纏い、豪華に菊の裳裾を引き流し、くるくると回転し舞っているかのように全身後ろ姿まで見せていた。又山口県宇部市のときわ公園でも毎年NHKの大河ドラマをテーマにした大掛かりな宇部大菊人形展が開かれていて、楽しみに見に行っていたが、平成8年に30年以上つづいたこの歴史に終止符が打たれている。最後に菊人形を見たのは10年位前に鹿児島に旅行した折、たまたま島津家別邸の仙巌園でやっていた、桜島を前にした菊人形が最後であろうか。

最初に見た菊人形が全身をたっぷりと菊の花に被はれ、あまりにもあでやかで美しかったもので、未だに菊人形というとこの人形の姿を思い浮かべるのであるが、後年別のところで菊人形を見た時、興味津々後ろを覗いてみると、背中はすっぽりと空洞で竹組みが覗いており、一瞬妙な感じがして驚いたことがある。どうも人形とはいえ顔も手もリアルなもので、無意識に人として見てしまうせいかもしれない。まぁ菊の花の膨大な使用量を考えると見えないところは省略するというのは、それはそれで頷けるが。

掲出句は「ふくよか」でも「たっぷり」でもなく、「どっさり」という気取りのない厚みのある言葉が見事なまでにマッチし成功している句と言えるであろう。句の焦点がしっかりと絞り込まれているので、今そこで見ているかのような臨場感がある。どんな物語が展開されているのかまでは分からないが、最後にその主人公が切腹する場面である。刀を握った指の先や屈んだ背中まで隙間なく美しい菊の花に被われているのであろう。この場面ではやはり白菊であろうか。「切腹す」といさぎよい止め方も心地良い。

私の近辺ではなかなか見ることが出来なくなった菊人形であるが、美しいものを見れば疲れが癒され、菊の香りはリラックス効果もあるようなので、「また見てみたいなぁ」と移りゆく季節の中でつれづれに思うこの頃である。

信濃毎日新聞社 「けさの一句」 著者 村上護より

千々和恵美子


【執筆者プロフィール】
千々和恵美子(ちぢわ・えみこ)
1944年福岡県生まれ。福岡県在住。「ふよう」主宰。平成15年「俳句朝日奨励賞」平成18年「角川俳句賞」受賞。句集「鯛の笛」。俳人協会評議員。俳人協会福岡県支部副支部長。



【千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女


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