季語・歳時記

【秋の季語】菊/菊の花 白菊 黄菊、大菊、小菊、初菊、厚物咲、懸崖菊、菊畑

【秋の季語=晩秋(10月)】菊/菊の花 白菊 黄菊、大菊、小菊、初菊、厚物咲、懸崖菊、菊畑

【ミニ解説】

菊は、日本を代表する園芸植物のひとつ。日本在来の植物ではありませんが、平安時代に中国から伝わり、宮廷では、9月9日の重陽の節句にパーティを開催していました。菊は「霊薬」であるといわれ、延寿の効があると信じられていたこともあり、この日に「菊酒」を飲むことも行われていました。「菊花の宴」です。そのため、平安時代には、陰暦9月を「菊月」と呼びならわしていました。

このごろのしぐれの雨に菊の花散りぞしぬべきあたらその香を

こちらは桓武天皇のお歌で、菊を詠んだ最古の和歌とされていますが、時雨で散っていくはかなさと、その香りの強さが詠み止められています。晩秋から初冬、どこか寂しげな、はかないイメージがあるのも菊。

九月九日憶山東兄弟
      唐 王維

独在異郷為異客(独り異郷に在つて異客と為る
毎逢佳節倍思親(佳節に逢ふ毎に倍す親を思ふ
遥知兄弟登高処(遥かに知る兄弟高きに登る処
遍挿茱萸少一人(遍く茱萸を挿して一人を欠くを

この王維(699ー759)の漢詩では、遠く離れた家族のことを思ってしんみりしていますが、現在の日本では、お葬式に使われる花でもあるため、やはりどこか寂しげなイメージもついてまわります。たぶん、いちばん有名なのは、夏目漱石の〈あるほどの菊抛げ入れよ棺の中〉でしょう。明治43年(1910年)11月3日のこと、日記に「新聞で楠緒子さんの死を知る。九日大磯で死んで、十九日東京で葬式の由。驚く。」とあり、優れた歌人でありながら36歳の若さでこの世を去った大塚楠緒子への弔句として知られています。

菊を好んだ偉い人といえば、まずは後鳥羽上皇が思い浮かびます。それが、後続の天皇も用いたことで、慣例として菊の紋が、皇室の紋として定着しました。しかし江戸時代は、天皇の力が相対的に弱まった時代ですから、この菊花紋はほぼほぼオープンリソースとなり、大衆化の足掛かりとなりました。江戸の園芸ブームもあって、菊は庶民のあいだでも愛されるようになり、それが「菊人形」や「菊花展」などにつながっていきます。


流行を支えたのは、花弁のまばらな「肥後菊」。

そして、花弁が咲き始めてから変化していく「江戸菊」。

さらに、花の中心が盛り上がって咲く「丁子菊」。

そういえば、江戸時代の菊といえば、忘れてはならないのが、上田秋成の「菊花の約」ですね。怪奇小説集『雨月物語』におさめられた9編のなかの1編です。

命を救ったことから親交を深めた二人の男が義兄弟の契りを交わし、重陽の節句に再会することを約束。しかし、主君に叛いたために軟禁されていた男は、どうしても会いたくて、自らの命を犠牲にしてまで、その夜、幽霊となって現れる…というお話ですが、読みようによっては、このふたりはホモセクシュアルな関係。

これは必読書

白洲正子の『両性具有の美』によれば、この「菊の契り」という言葉は、少年の肛門の形に由来するとか。正子は、菊の花の穢れを知らぬ美しさと、清冽な芳香と、寒さにもめげずに咲くけなげさに、少年の純粋な心を見たからではないかといっていますが、一説によれば、肛門が菊の花に似ているから、とも。

秋成の「菊花の約」では、宗右衛門の方が年上だったので、宗右衛門が兄分(タチ)、左門が弟分(ネコ)となって、「菊門=肛門」を突破し、めでたく義兄弟となったというわけです。めでたし。

【関連季語】菊の苗(春)、菊の芽(春)、春菊(春)、夏菊(夏)、野菊(秋)、菊日和(秋)、菊月(秋)、菊膾(秋)、菊枕(秋)、菊人形(秋)、菊供養(秋)、残菊(秋)、冬菊(冬)、寒菊(冬)、枯菊(冬)など。


【菊(上五)】

菊の香やならには古き仏達 松尾芭蕉
菊添ふやまた重箱に鮭の魚 服部嵐雪
菊咲けり陶淵明の菊咲けり 山口青邨

菊の香や仕舞忘れてゐしごとし 郡司正勝
菊の前去りぬせりふを覚えねば 中村伸郎
菊の香や父の屍へささやく母 草間時彦
菊の鉢提げて菊の香のぼりくる 蓬田紀枝子
夜の菊や胴のぬくみの座頭金 竹中宏
菊や菊何回占つても勝利 北大路翼

【菊(中七)】

あるほどの菊抛げ入れよ棺の中 夏目漱石
たそがれてなまめく菊のけはひかな 宮沢賢治
人どつと来て菊を観て居る如し 京極杞陽
わがいのち菊にむかひてしづかなる 水原秋桜子
いちりんの菊うきうきと通夜の客 穴井太
暮るるまで菊活け菊の香に眠る 古賀まり子
どの部屋もみな菊活けて海が見え 吉屋信子
前栽に菊遠景に豊の稲架 後藤比奈夫
金賞の隣の菊を見落せり 湯川雅
一束の菊の近事を虚言(うそ)と聞く 宇多喜代子
人の死に菊と扉の多い家 宇多喜代子
闇にただよふ菊の香三十路近づきくる 中嶋秀子
師の句碑に捧げれば菊眠るごと 佐怒賀正美
あかあかと菊の咲きたる稲架を解く 岸本尚毅

【菊(下五)】

虫柱立ちゐて幽か菊の上 高濱虚子
ひたと閉づ玻璃戸の外の風の菊 松本たかし
水霜のかげろふとなる今日の菊 宮沢賢治
横ざまに高き空より菊の虻 歌原蒼苔
大幅に命を削る菊の前 相馬遷子
菊慈童さめし瞼も菊の中 能村登四郎
み空より雀窺ふ菊の数 村越化石
あかずの間むほん無きよの菊いじり 仁平勝
園遊する天刑達や菊好み 仁平勝
象潟や蕎麦にたつぷり菊の花 守屋明俊
渚にて金沢のこと菊のこと 田中裕明
一旦は土に下ろして菊の束 杉浦圭祐

【菊の雨】
清水を祇園へ下る菊の雨 田中冬二

【菊の宿】
顔抱いて犬が寝てをり菊の宿 高濱虚子
老の杖盲の杖や菊の宿 高濱年尾

【菊の寺】
座敷犬赤き舌出し菊の寺 辻桃子

【白菊】
白菊の目に立てて見る塵もなし 松尾芭蕉
白菊や膝冷えて来る縁の先 横光利一
しらぎくの夕影ふくみそめしかな 久保田万太郎
菊白し安らかな死は長寿のみ 飯田龍太
白菊とわれ月光の底に冴ゆ 桂信子
しらぎくにひるの疲れのやや見ゆる 北野平八
したしたしたした白菊へ神の尿 金原まさ子

【黄菊】
黄菊白菊其の外の名はなくもがな 服部嵐雪
嵐雪の黄菊白菊庵貧し 正岡子規
次の世のしづけさにある黄菊かな 浅井一志
目が回るほどに大きな黄菊かな 西村麒麟

【菊師】
口下手な菊師の答へ二三言 酒井土子
伝言を巫女は菊師にささやきぬ 日原傳

【懸崖菊】
懸崖に菊見るといふ遠さあり 後藤夜半
懸崖の菊の間に犬の顔 波多野爽波
懸崖の菊に幔幕短くす 森田峠
こころもち懸崖菊の鉢廻す 橋本美代子

懸崖作りの中でも全国的に作られているのが前垂れ型懸崖

 

【豆菊】
豆菊の盛久しき明家哉 寺田寅彦
豆菊や昼の別れは楽しくて 八田木枯

【小菊】
菜に混ぜて小菊商ふ嵯峨の口 飴山實

【菊車】
山坂の影に入りけり菊車 吉田成子

【捨菊】
捨菊や非常階段裏見えて 草間時彦



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