ハイクノミカタ

仕る手に笛もなし古雛 松本たかし【季語=古雛(春)】

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仕る手に笛もなし古雛)

松本たかし)


 母方の祖父は趣味人であった。正月二日と夏休みは必ず祖父母の家を訪ねることになっていたのだが、お正月はまず、私から届いた年賀状の字の吟味から始まる。そして、書初をさせられる。自分は早起きして、もう半切を何枚か仕上げているのだ。 

 祖父の書斎の隣は洋間の応接室で、正座の書初からさっさと逃げ出してごちゃごちゃとした飾りものを見るのが楽しみだった。鮮やかな蝶の羽を重ねた額、海亀や雉の剥製、水晶の置時計、唐子文様の七宝箪笥、黒檀の飾り棚、世界各国の民俗衣装の人形など、今思い起すと昭和っぽい、俗っぽい置物が沢山詰まっていた。

 そんな家から母がお嫁入りに持ってきたのは、いわゆる御所雛。しかし、昭和四十年代後半は、緋毛氈の七段飾りが流行りで、子ども心には友だちの家の新しいお雛様が羨ましかった。雛祭りの夜は、ちらし寿司や青菜のお浸しなどのご馳走の小皿を、お雛様に持ってゆくのが長女の私の役目だったが、その当時の家は平屋の日本家屋で、春浅く肌寒い夜、廊下と玄関を越えた離れのような床の間の前に行くのが怖かった。後に古道具類につく、付喪神という概念を知ったが、昭和の暗い雛の間には確かに何かこの世ならぬものが棲んでいた。

 祖父の話に戻ろう。後に私が美術品オークション会社に勤めはじめた時、この祖父とのやりとりや応接間の蒐集癖の様子が役に立つとは思いもしなかった。祖父は織物会社を経営していたが、創業者らしく、ときに論理が突飛で、カリスマ性といえば聞こえがいいが、まあそういうタイプで、訪ねれば必ず人生の教訓めいたことを聞かされていた。

 美術蒐集家のお客様は超個性的な方が多かったのだが、ある時、ふと蒐集家の家でお話を聞きながら気がついた。なんだかうちのお祖父ちゃんみたい、と。となると、口実をもうけて書初から逃げ出したように単純にはいかないが、何となくその方の大切にしていることや落としどころが見え、なるべくその心に寄り添って打開策を見つけようと思うようになる。そうすると、少し無茶を言われてもどうにかなるだろうと考える。家族への無償の愛の応用、といったところか。祖父の蒐集癖が参考になったのは、残念ながら蒐集家はこうあってはいけない、という反面教師の例としてだが。

 祖父は入学、卒業などの節目に、漢詩やら俳句やらを書きつけた色紙や手紙をよく渡してくれた。手元に残っているのは、成人式のときの色紙だが、そこには「山路きて何やらゆかしすみれ草 芭蕉 七十七翁より」とある。私が就職してすぐの頃に亡くなってしまったが、もし生きていたら、古美術を扱う会社で働き、俳句を詠み、句集を出したことを最も喜んでくれたのは、間違いなくこの祖父だったと思う。古いものに執着し、流行りの断捨離からは縁遠い私が引き継いだのも、この祖父の血だ。もうすぐ雛祭り。

内村恭子


【執筆者プロフィール】
内村恭子(うちむら・きょうこ)
1965年東京生まれ。
2002年「天為」入会。2008年「天為」同人。
2010年「天為」新人賞。2013年 第一句集「女神(ヴィーナス)
現在、天為編集室、国際俳句交流協会事務局勤務。俳人協会会員。


【内村恭子の自選10句】

絵屏風の御供わき見をしてばかり

鳥の巣よサンピエトロと知りたるか

オキーフの骨白々と夏来る

浅草や水鉄砲の流れ弾

噴水を終の棲家としてトリトン

それぞれの旅語り合ふ夏炉かな

ホッチキス鳴らしてけふからは九月

iPadスタッカートに触れて冬

初雪は鳥の高さに消えにけり

日記買ふ白く輝く日々を買ふ


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


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