ハイクノミカタ

琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷【季語=一月(冬)】


琅玕や一月沼の横たはり)

石田波郷)

 年の初めは古いことばかり思い出す。実家から持ってきた漆器や皿、年に一度使うものを取り出し、祖母や母の年用意を、当時の台所を思い出しながら自分なりに再現しようとするからかもしれない。この句は、そんな思い出に浸って作業をする自分が、外界から閉ざされ、静かに新しい年を迎える時に一番添っているように感じる好きな句。

 歳の離れた妹がいたので、私は小学校低学年まで、隣の祖母の家で放課後をよく過ごした。そこには、明治生まれの祖母の世界があった。三味線をいたずらに弾かせてもらったり、押入にしまわれた箱枕で遊んだり、大きな擂り鉢で料理を手伝ったり。小石川の生まれで、兄弟に茶人もいた祖母は、不思議な御座敷唄や小唄やらをときに教えてくれた。

  夕べえびす講に呼ばれていったら
  鯛のおかしら小鯛の吸い物
  一杯おすすらすーすら
  二杯おすすらすーすら
  三杯目にはとなりの権兵衛さんが
  肴がないとて御腹立ち
  テテシャンテテシャン

 祖母が亡くなったときに家に持ってきた九谷の小鉢が三客ある。黄色の岩の上に青い羽の鳥が歌い、菊や牡丹が描かれている典型的な絵柄で、元は揃いであったのだろう。祖母の家ではお正月に必ず黒豆が盛られていた。私が黒豆を自分で煮るようになったのも、この小さな器を使いたかったからかもしれない。

 俳句をはじめた時、歳時記の言葉がなんだかとても昔から馴染みのある言葉に思えたのだが、これも祖母のおかげだ。乳母車、外套、おしゃじ(匙)、ケット(毛布)。極めつけは、ロールキャベツをキャベツ巻きと呼んでいたこと。これは結婚後に夫から大いに笑われたが、飾らない普段の食事にはそれもいいか、と今でも使っている。

 優雅なことを書き連ねたが、現実は雑事に追われ、〈一月はどどどと過ぎぬ昼の飯 藤田湘子〉といったところか。明日はもう節分。

 今日を含めて四回、家族の思い出を交え、少し古めの昭和の歳時記をお届けします。

 それではまた来週。

内村恭子


【執筆者プロフィール】
内村恭子(うちむら・きょうこ)
1965年東京生まれ。
2002年「天為」入会。2008年「天為」同人。
2010年「天為」新人賞。2013年 第一句集「女神(ヴィーナス)
現在、天為編集室、国際俳句交流協会事務局勤務。俳人協会会員。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 秋天に雲一つなき仮病の日 澤田和弥【季語=秋天(秋)】
  2. 靴音を揃えて聖樹まで二人 なつはづき【季語=聖樹(冬)】
  3. 花言葉なき一生を水中花 杉阪大和【季語=水中花(夏)】
  4. サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓【季語=サイネリア(…
  5. 水吸うて新聞あをし花八ツ手 森賀まり【季語=花八ツ手(冬)】
  6. 蟷螂にコップ被せて閉じ込むる 藤田哲史【季語=蟷螂(秋)】
  7. 春泥を帰りて猫の深眠り 藤嶋務【季語=春泥(春)】
  8. 年玉受く何も握れぬ手でありしが 髙柳克弘【季語=年玉(新年)】

おすすめ記事

  1. 南天のはやくもつけし実のあまた 中川宋淵【季語=南天の実(冬)】
  2. 寒いねと彼は煙草に火を点ける 正木ゆう子【季語=寒い(冬)】
  3. 葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子【季語=葛の花(秋)】
  4. 【秋の季語】末枯る
  5. 東京に居るとの噂冴え返る 佐藤漾人【季語=冴え返る(春)】
  6. 【新連載】茶道と俳句 井上泰至【第1回】
  7. 【春の季語】冴返る
  8. 馬小屋に馬の表札神無月 宮本郁江【季語=神無月(冬)】
  9. 【連載】新しい短歌をさがして【15】服部崇
  10. ががんぼの何が幸せ不幸せ 今井肖子【季語=ががんぼ(夏)】

Pickup記事

  1. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#19
  2. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2021年10月分】
  3. 【冬の季語】熊
  4. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#13
  5. 趣味と写真と、ときどき俳句と【#11】異国情緒
  6. 【#33】台北市の迪化街
  7. 【秋の季語】秋刀魚
  8. ペスト黒死病コレラは虎列刺コロナは何と 宇多喜代子【季語=コレラ(夏)】
  9. 全国・俳枕の旅【第72回】 松山・石手寺と篠原梵
  10. コンゲツノハイク(結社推薦句)【5月31日締切】
PAGE TOP