おそろしき一直線の彼方かな 畠山弘


おそろしき一直線の彼方かな)

畠山弘
現代俳句協会編 『昭和俳句作品年表 戦後篇 昭和21年~45年
東京堂出版、2017年、123頁
[昭和26年の部より])


掲句、句材の単純さにおいてはなかなかに類を見ないだろう。句を凝視している内に笑いさえこみ上げてくる。しかし一直線とは難しいもので、両端が無限に延びているのだ。だからこちらの彼方を見据えるときあちらの彼方は見えていない。両方の彼方を同時に見ることはできず、勿論正確に言えば彼方を見ることなどできはしない。彼方へ向かって直線は薄れていき、黒が灰色になり、空か雲の色になり、やがて何でもなくなる。人間の知覚で物を見る限りそうなる。その薄れよう、無への漸近を掲句ではおそろしいと言っているが、美しいとも言える。これら伝統的美意識とおよそ無関係なもの(必ずしも最も遠いわけではなく、単に無関係)に美を見出すというのは、これまた関悦史の道具箱の中身の一つではなかっただろうか。

そう当たりをつけてまたも関句集『花独活』を手繰ると、誤ってはいなかったが、それとは逆のパターンの句までもが飛び込んできた。「セクシーに投票箱は冷えてゐる」「男子生徒の弾力知りぬ椅子の春」「老人のメガネに萌えてゐる汝」「四次元はわれらを見つつ萌えてゐる」。

美しさが本質的に人間と切り離せないことを前提として、非人間的なものを美化していくことで美を攪乱していくという論理は分かる。ロボット系のSFなどでも用いられる手口なのだろうという想像もつく(別に関の手札を暴こうとはしていない)。非人間的な「もの」と人間的な価値(「美しさ」)との出会いが衝撃を生むのは、本質的なことなのか、それとも単にそうした言語状況を我々(私)が見慣れていないからに過ぎないのか、仮に非人間的な「もの」と非人間的な「価値」を出会わせることができるならば、それこそが最も衝撃的なのか。しかしそもそも人間に対して現れるこの世界の内で非人間的な「もの」など些かであれ存在すると言えるのか。どこまで行ったら非人間的なものと出会えるのか。

人間的なものの裏面に貼り合わされた非人間的なもの(幽霊?)ではない別のもの、ただ単に非人間的なもの、物的な物、そうしたものと出会いたい。というかこれまでも出会ってきたはずなので、そういうものを捉える動体視力を育てたい。

引っ越しが間近なので、この辺りで宙吊りにすることをお赦し願う。

1か月間の連載を読んで下さった方々、掲載の場を設けて下さった管理人の堀切さんに感謝申し上げる。また今回の記事がインターネット上に残り、いつか誰かのふとした検索ワードに引っかかってくれたら嬉しい。

永山智郎


【執筆者プロフィール】
永山智郎(ながやま・ともろう)
1997年、富山県高岡市生まれ。さいたま市に育つ。2009年、作句開始。2014年、第6回石田波郷新人賞準賞。「銀化」「群青」所属。共著に『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』。


【永山智郎の自選10句】

針千本花野に植ゑて去りにけり

書かれざる獣の言葉秋の水

悪口に凪の走れり葱鮪鍋

凍星の不眠を語るのは誰か

黒手套賽焼き捨てし父に贈る

若草や寝坊はげしきモダニスト

像抱けば像が燃え出す夏の河

聞こえねど夕日轟音なす雪溪

虹の根をガスバーナーで焼き固め

薔薇色の膚に月影刻むなり


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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