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戸隠の山より風邪の神の来る 今井杏太郎【季語=風邪(冬)】

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戸隠の山より風邪の神の来る

今井杏太郎
『今井杏太郎全句集』2018年))


コロナ禍以前、戸隠には毎年のように通っていた。性に合うのだろう。居るだけで気分がすがすがしくなる。夏は宿で弁当をこしらえて貰い、ワインとつまみを背嚢にいれ、森の中に入る。森には遊歩道が巡らせてあるが、観光客はあまりこない。スピリチュアルブーム以来、神社には驚くほどたくさんの人がやってくるようになったのだが、ツキノワグマを恐れて森には入ってこないので、道はとても閑か。一面雪に覆われる冬には、その遊歩道がそのままクロスカントリースキーのコースになる。冬は熊も観光客もいないが、案外に同好の士と森の中で出会う。といってもいまごろは新雪で、スキーを履いたところでひたすらラッセル歩行になるのだけれども。というわけで、今回は戸隠を詠んだ今井杏太郎の掲句について。

全句集を繙くと、今井杏太郎には地名を詠み込んだ句がそれなりにあって、その中に戸隠について詠んでいる句がいくつかある。「戸隠の三本杉の冬の暮」(『麥稈帽子』)、「戸隠は暮れてゆく山やや寒う」「戸隠の山より風邪の神の来る」(『風の吹くころ』)、「戸隠の山から風が吹いて冬」「戸隠の山を西日の降りてくる」「戸隠の山から風が吹いて春」「戸隠の山の西日はよその國」(『風の吹くころ』以後)。見落としがなければこの七句で、冬が四句、夏が二句、春が一句。季節を分けて何度か訪れていたと思われる。戸隠に馴染みがあると、一句目の三本杉は、戸隠中社前の表に立つ鳥居を囲むように配された三本の大杉のことだとすぐに解る。そのうちの一本の脇には有名な蕎麦屋があって、昨今は観光シーズンにいくと、東京ディズニーランドの人気アトラクションなみの待ち時間だったりする。今井が戸隠を訪れたであろう頃はそこまでではなかったはずで、彼が蕎麦と酒が好きな人なら入店したに違いない。そして、「戸隠の山」は戸隠連峰をさす。かつての修験道の聖地であり、天岩戸が飛んできた、という伝説がさもありなんという風で、戸隠の里側から北西方向にあって、急峻な山嶺が屏風のように南西から北東へ直線的に延び、一帯のランドマークとなっている。当然、そこに日が当たると際立つ。「戸隠の山」は現地にいれば一目で特別とわかる存在であり、その存在感が解らないとこれらの句は何だかぴんとこないかもしれない。戸隠で冬に山から来る風は、まずごおっと音がして、しばらく間をおいてやってくるので、もしかすると掲句は、そのような音を聞いて「風邪の神」と神格化したものかもしれない。しかし、後年の句ではそういうものを削ぎ落とし、シンプル過ぎるくらいシンプルにただ風が吹いている句にした上、季節だけちょこんと変えていたりするのはなかなか味わい深い。なんてことを書いているうちに、そぞろ神に憑かれ道祖神に招かれた気分になっては来るけれど、今度はいつ行けることやら。

橋本直


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>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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