水が水らしく流れて今朝の秋 山下しげ人【季語=今朝の秋(秋)】


水が水らしく流れて今朝の秋
山下しげ人

私は時々、神田川沿いを歩きます。
春は桜並木を、夏は伸びた水草や泳ぐ蛇を見ることができます。
季節ごとに川の表情は変化します。

そして今日、8月7日は立秋です。
立秋は暑さの体感で言えば、まだまだ真夏です。
それでも暦は秋になります。

水が水らしく流れて今朝の秋  山下しげ人

掲句を初めて読んだ時、「水が水らしく」とはどういうことだろう、と立ち止まりました。
水はいつだって水です。

この句で起きていることは、とても少ないです。
水が流れている。
立秋の朝である。
その二つだけです。

それなのに、この句を何度も読むうちに、不思議と秋の記憶が少しずつ呼び起こされ、自分が秋の世界の入り口に立ったような気持ちになりました。

昨日までただ流れていた水が、立秋の朝には「ああ、水ってこういうものだった」と見え始める。

水が変わったのではありません。
暦が秋になることで、秋へ向き始めた心が「水が水らしく流れて」という言葉に辿り着いたのではないでしょうか。

その後も繰り返し読んでいると、今度は私自身の心も静かに秋を受け入れ始めていました。

季節とは、自然が変わることだけではなく、自然を見る私の心が静かに変わり始めることなのかもしれません。

句集『穴よりも』(文學の森)所収

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




【菅谷糸のバックナンバー】
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>>〔31〕遠景の野に失ひし鼓草 稲畑汀子
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>>〔34〕大根の花供へある仏かな 為成菖蒲園
>>〔35〕ふるさとのあすは八十八夜かな 保田ゆり女
>>〔36〕この薔薇のための真紅と思ふほど 今橋眞理子
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