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母の日の義母にかなしきことを告ぐ 林誠司【季語=母の日(夏)】


母の日の義母(はは)にかなしきことを告ぐ 

林 誠司


五月の第二日曜日は母の日。

母の日、というと赤色のカーネーションを贈ることが多いが、私は毎年、カーネーションではなく、紫陽花の鉢植えを贈ることにしている。去年はたしか、おたふく紫陽花という花弁がぷっくりと膨らんだものを贈った。毎年、色々な種類の紫陽花が庭に増えていく。今年はどんな紫陽花にしようか、と花舗を覗くのは楽しい。

カーネーションと母の日の結びつきは、二十世紀初頭のアメリカ女性が、亡き母を偲んで白いカーネーションを配ったことがはじまりらしい。そして、それからのち、母の日は、白ではなく赤いカーネーションを贈り、感謝の気持ちを捧げる日となった。

そんな母の日に、掲句の作者は「かなしきこと」を告げている。よりによってこの日に、とも思うけれど、言わなければいけないことが、こういうハレの日をきっかけとして告げる覚悟が出来るということは、人生において、少なからずあることだ。

しかも、「母」ではなく「義母」であるところの複雑さが、この句の奥行きを深めていて、一句の背景を察することが出来る。

母の日に告げる「かなしきこと」は、他のどんな日であるよりも、なんだか切ない。

その心は、「義母」であっても「母」であっても、おそらく変わらないことだろう。

たった十七音の器の中に、しみじみとやるせないドラマが見える。

日下野由季


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【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。



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