一年の颯と過ぎたる障子かな
下坂速穂
あれよあれよという間に十二月である。
時間の感覚は奇妙なもので、今年のお正月のことを一昨日くらいのことのように鮮やかに思い出しもすれば、ひと月ちょっと前の旅行は遠い記憶としてファイリングされたりもする。と書いて、こ、これはもしや老化現象では?と軽く慌てるのであった。
年を取るにつれて一年の経ち方が早いとはよく言われることだ。五年前、十年前と比べて速度が上がっているかどうかは分からない。だらりと過ごす一日も、わりと頑張る一日も時間は大根の葉のようにすいすい流れて行く。気づけば今年もあと僅かじゃないですか!と驚くのは毎年のことで、きっと来年の今ごろも目を丸くしていることだろう。
一年の颯と過ぎたる障子かな
この時期に誰もが持つ感慨だ。けれども、「あっという間」とは言っても「颯と過ぎたる」はなかなか思いつくものではない。「さっと」というS音が柔らかく、「颯」の字は一陣の風の勢いをイメージさせるためか、年月の早さを澄んだ心持で振り返っているようである。読者も又そのような心情に引き込まれる。そして、思いを障子に寄せたところがこの句にふっくらとした輪郭を与えている。新年から始まり、季節の移ろいのままに障子は様々な光と影を映し出す。その内側でこの一年、瑣事や大事の営みがあった。年末の慌ただしいなか、ふっとあの日やこの日の幻が影絵のように障子に蘇り、消えて行く。それもまた次の年を迎えるための心の準備かもしれない。
(『眼光』ふらんす堂 2012年より)
(太田うさぎ)
【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
【太田うさぎのバックナンバー】
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】