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湖の水かたふけて田植かな 高井几董【季語=田植(夏)】

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湖の水かたふけて田植かな

高井几董
(大須賀乙字編『故人春夏秋冬』)


「かたふけて」は他書には「かたぶけて」とも表記。つまりは「傾けて」ということ。田植えにあたり、一面の田んぼに張られた水をみて、まるで、あの湖を傾けて水を流し入れたかのようではないか、と捉える。この景の大きさに釣り合うとすると、ちょっとした大きさの湖や水田では面白くない。几董がもともと京都住の俳諧師であったことでもあり、やはり、琵琶湖沿岸の水田風景などが似合うように思われる。現在でも航空写真でみるとかなり広い水田がある(令和二年現在で47400ヘクタールあるらしい)が、几董のころもかなりの広さがあったのではないだろうか。『故人春夏秋冬』は季題別なので離されているが、几董の自選句集『井華集』(寛政元年)を繙くと、掲句の前に「堀川百首にゆひもやとはで早苗とりてむとあるに」と前書のある「雇はれて老なるゆひが田歌かな」がある。この前書は『堀河百首』の隆源の和歌「残田はそしろに過ぎじ明日よりはゆひもやとはで早苗とりてむ」のことを言う。「そしろ」とは「そしろだ(十代田)」で、狭い地積の田地のこと。つまり「田植えも進んで残りは少ないから、明日からは〈結い〉を頼まなくても田植えができるだろう」と解釈できる。つまり、和歌に詠われた明日からのことではなく、現在唯今の田植えの景を句にしたのが几董の一句というところなのだろう。田植え作業も終盤となった水田で、老人が機嫌良く田植え歌を歌いながら田植えをしているとなれば、のどやかな景として想像されよう(ちなみに芭蕉『奥の細道』には「早苗とる手もとや昔しのぶ摺」がある)。『井華集』の読者は、この田植えの終盤の景を読んで掲句をみることになり、上五中七の「湖の水かたぶけて」という措辞は、おおそんなに広かったのか、という驚きをもたらし、大景の中で田植えをする老爺を想像する。と、そんな趣向があったというところだろうか。

橋本直


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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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